桜の花びらのむこうの青

「帆香、今いい?」

夕食の後、彼がいつになく神妙な面持ちでリビングのソファーから私を呼ぶ。

テーブルで新聞を広げて読んでいた私は頷くと、少し緊張して彼の隣に座った。

「日和ワールドの岬さん覚えてる?」

「ええ、覚えてる」

「岬さんはね、ずっと瞬時に世界中の真の情報をどこでも見れるネットワークシステムの開発に力を入れていて、ようやくそれが完成したらしい」

「そうなんだ。すごいね」

「ああ、世界各地に支局を作ってそこから発信する。日本じゃなくても、ネットワークが繋がっていればどこにいてもその情報が欲しい言語で伝えられるんだ」

最近、よく日和ワールドに出向いてるなと思っていたけれど、きっと岬さんとその話をしていたんだ。

「でね、岬さんから、報道カメラマンとしてニューヨーク支局に行ってくれないかと言われた」

彼は嬉しいはずなのに、笑ってはいなかった。

「ニューヨークを拠点に、様々な場所に行くことになると思う。時には紛争地域や危険な場所にも」

私の感情は混乱している。

行ってほしくないという思いが私の体中を巡って、今にも吐露しそうになる自分をもう一人の自分がブレーキを踏んでいた。

「省吾さんは、どうしたいの?」

喉の奥が緊張でゴクンと鳴る。

「俺の目指していたところがそこにある」

泣きそうになった。

彼はきっと私が「いかないで」と言っても行ってしまうのがわかってしまったから。

それでも「いかないで」と言うべきなのか今の私には判断ができなかった。

彼にとって私は通りすがりの恋人だったのかな。

彼の恋人はやはり紛れもなくカメラと仕事で、それに勝る存在になるには私には役不足なのかもしれない。

もし、一緒に行こうって言われたら?

私は一緒に行けるんだろうか?その勇気はまだないような気がした。

彼は私の気持ちを推し量るような不安気な表情で私の言葉を待っている。

何か言わなくちゃ。