桜の花びらのむこうの青

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あの日から私は彼の家に転がり込んだ。

大好きだった。

一日彼の顔を見ていても飽きることなんてない。

彼のカメラを持つ手、カメラをクリーニングしている時の真剣な目、写真を選んでいる時の悩ましく引き締まった口元。

全てが大好きだった。

彼と毎晩一緒に寝るベッドがツインじゃなかったから狭かったけれど、その分彼ときゅっとくっついて寝ることができて幸せだった。

疲れている彼が私にキスをしたまま、寝息を立てていることもある。

そんな彼も愛おしい。

何をしていても何をされても許せる、そんな相手が存在するなんて思いもしなかった。

でも、私にとって唯一叶わぬ存在がある。

いつも肌身離さず持っている、彼の一眼レフのカメラだ。

私が少しでも触れようとすると、「これだけはだめ」と言って叱られる。

しょうがないとわかっているけれど、愛しい人には私を一番に考えてほしいと思うのは当然のことで。

でも、彼はカメラと撮影の仕事を何よりも大切に思っていることは理解していたから、それ以上は言えなかった。


最近、日和ワールド出版の仕事が次第に増えてきた。

それまでは、雑誌の撮影や、新聞の取材の同行がメインだったけれど、日和ワールドの仕事は報道系が主体だったから、何かあれば現場にかけつけ、何日も帰らないこともある。

始終一緒にいれないのは寂しいけれど、報道の仕事が今一番充実していると顔を輝かせて語る彼に私は笑顔で頷くしかできなかった。

報道カメラマンというと、柳江さんの亡くなったお友達のことが頭に過り、いつも一抹の不安を感じてしまう。

いつか、彼は遠くに行ってしまうんじゃないかって。

世界に行く人だと、以前東栄出版の記者が言ってたことを最近とりわけよく思い出すようになっていた。