桜の花びらのむこうの青

「柳江さんの桜と青空の写真、とても好きです」

「ああ、廊下に展示してある一枚だね」

「あの写真は、桜よりも空の青さに目を奪われます。いつ撮影されたものなんですか?」

柳江さんは自分の空になったワイングラスにワインを注ぎ、一口口に含んだ。

「俺は大学の頃、ニューヨークに二年間留学していたことがあってね。そこでカメラの面白さを学んだんだ。それまではカメラなんて手にしたこともなければ、興味もなかったのに、出会った一人の友人の影響を受けてね」

「そのお友達がカメラを?」

「そう。俺よりも5つ上の彼はいつもカメラを手にしていた。いわゆるカメラ小僧さながら。聞いてもいないのに、カメラの一から十まで全て俺に教えてくれたよ」

彼は当時を思い出して楽し気に笑った。

「彼の感性は独特だった。美しいものよりは、どちらかといえば、皆が目を背けたくなるようなものばかりを選んで撮っていた。どうしてそんなものばかり撮るのかって尋ねたら、『目を背けたくなるのはそこに人間の本質があるからだ』と。『写真には見ている人間をその中に投影する力がある。そこに真実を見い出すことができる』んだとも言ってたね。当時の俺にはよくわからなかったけれど」

私にもよくわからなかった。

「彼はそのうち、報道カメラマンとして、紛争地域や戦場にも赴くようになった。俺も日本に帰ってから、何度か彼の撮影した写真を新聞やテレビで見たことがあったよ。それくらい凄まじい現場を間近で捉えていた。彼の言葉の行きついた先がそこだったんだってその時はっきりわかったんだ」

彼は暗くなったベランダの向うにぼんやりと目を向ける。

「三年前の春、俺は桜の名所に撮影で訪れていた。雲一つない晴天で撮影には最高の日だったよ。その時、ふいに俺のスマホに電話がかかってきてね。報道カメラマンの彼との共通の友人からで『あいつが銃弾に倒れた』って」

彼の話を興味深く聞いていた私の思考がすーっと血の気が引くように止まった。

「不思議と涙は出なかった。彼らしいと思った。やりたいことを最後までやり遂げたんだなって誇らしくもあった。でも……」

柳江さんは私の方に顔を向け寂しそうに微笑むと言った。

「悔しいよ。今でも。彼にはもっと撮り続けてもらいたかったから」

そして、ゆっくりと立ち上がり廊下に向かうと、私が好きだと言った写真を手にして戻ってきた。