桜の花びらのむこうの青

彼は頷くと、私の肩にそっと手を置いた。

「今日は大事なお客様を迎えるということで、急遽お手伝いをお願いした森村帆香さんです」

「よろしくお願いいたします。森村です」

「岬です。今日はよろしく」

岬専務は人懐こい顔で笑った。


その後は、真剣な商談が始まる。

私はその間、コーヒーを淹れた後、時々柳江さんにコピーを頼まれたり、コーヒーのお替りを伺ったりしていた。

一時間半くらいが経過し、ようやく仕事の話が落ち着いてきたようだ。

「やはり僕の目は確かだったよ。柳江くんみたいな才能と一本筋の通った人間は久しぶりに出会った。今日は来てよかったよ、本当に」

岬専務は椅子に深く腰掛けると、ようやく緊張がほどけたのか柔らかい笑顔を見せる。

「いえ、こちらこそとても貴重な時間を頂きました。今日頂いた話はいつか必ず実現させたいと思っています」

「それにしても、君くらい人気のカメラマンならもう少し広い事務所を構えられるんじゃないのかい?」

専務はリビングを見回しながら、コーヒーを飲んだ。

「いえ、僕にはこの場所が丁度いいんです。広い事務所に行ったとしてもやることが同じなら、居心地のいい場所の方がいい仕事ができると思ってるんで」

柳江さんは専務をまっすぐに見つめると何のためらいもなく言い放つ。

「ほう、いいねぇ。柳江くんは。僕も若かった頃の自分に柳江くんの言葉を伝えてやりたいよ。あの当時の僕はいかにして上に上り詰めるかしか考えてなかったからね」

「でも、上に上り詰めたからこそできることもあると思います。生き方はそれぞれですからいいも悪いもないですよ」

彼は足を組み替えると、いつもの穏やかな笑顔を私に向けた。

柳江さんの迷いのないまっすぐな言葉と瞳にドキドキが止まらなくなっていた。