桜の花びらのむこうの青

「観葉植物がお好きなんですね」

あまり詳しくないけれど、どこかで見たことのある植物たちを見回しながら言った。

「好きというよりも、こういう仕事していると目が疲れやすいんだ。緑は目の癒しに置いてるって感じかな」

ジーンズの上に白シャツをラフに着ていた柳江さんは、リビングの扉にかけてあった濃紺のジャケットを手に取ると、私の表情を伺うように尋ねる。

「やっぱり専務クラスの人と話する時にはジャケットあった方がいいよね」

「そうですね。ジャケットはそれだけでフォーマルな雰囲気に見せますから」

「わかった、ありがとう。俺、サラリーマン生活とはかけ離れた生活しているからある意味常識知らずなところがあってね」

意外な感じで思わずくすっと笑ってしまう。

「笑ったな」

彼はそう言って笑うと、私のおでこにコツンと握り拳を軽く当ててきた。

ドクン。

トクトクトクトク……。

この場所に二人きりだということに今更ながら緊張してくる。

彼と言えば全く緊張する様子はないのに、逆にそれが一層よくない。

一つ一つの彼の所作を必要以上に私だけが意識してしまう。

「こっちがキッチン、とりあえずコーヒーはここにたっぷり沸かして保温してる。コーヒーカップは棚にあるものを使って。あと、シュガーとスプーンはここ」

「あの……コーヒーを乗せるトレーみたいなものはありますか?」

「トレー?あー、確かあったと思うけど」

柳江さんはそう言うと白い食器棚の上に手を伸ばす。ふわりとシャツが浮かび、彼のひきしまった腹部が見えた。

あ……咄嗟に目を逸らす。

「あったあった。はい、これでいい?」

「はい、オッケーです」

うつ向いたまま答える。

「頼りになるよ」

彼は優しく微笑んだ。


『ピンポーン』

まだまだその微笑みを見ていたかったのに、どうやら専務が到着したらしい。

「今日はわざわざこんな狭い場所にお越しいただいて申し訳ありません」

玄関に立つ専務は、小柄ではあるけれど、役員独特のオーラを放っていて、これまで長年の仕事生活で培ってきたものが穏やかそうに見える丸顔の皺にしっかりと刻まれている。着用しているスーツも明らかに上質のもので嫌味のないオーデコロンの香りがした。

「いやいや、昔ながらの営業癖が今も抜けなくてね、依頼する側が出向くのは当たり前のことだ。仕事場に行けばその人の仕事ぶりも見えていいんだ」

「あまり見られると……緊張します」

柳江さんは頭をかきながら苦笑する。

専務はそんな彼に目を細めると、内ポケットから名刺を取り出し彼に差し出した。

「改めて、日和ワールド出版の岬です。今日は急に悪かったね。おや、こちらは?」

彼の後ろに立っていた私に気づいた専務が私に軽く会釈する。