お風呂場が恐ろしいほどの沈黙に包まれ、それを破ったのは智明くんの方だった。

「やっと思い出してくれたんだ。じゃあ、尚更語らないとね?」

「心の中にしまっておいてください」

あの夜のことを話すって考えただけで顔が熱いし、改めて何があったかなんて知りたくもない。

どうせならなかったことにしてしまいたいと、心の底から願った。

「蛍、こっち向いて」

「嫌です、向きません」

「こっち向けって」

「んっ⋯!?」

智明くんに何をされているのか考える時間、0.5秒。

唇に柔らかい感触があって、キスされてるんだと理解した。

そうだ、あの日もこんな風に優しいキスから始まったんだ。

「蛍、顔真っ赤にして可愛いね」

「智明くんこそ、真っ赤でしょ」

「お風呂場だからね、暑いんだよ。蛍はたしか、耳が弱かったよね」

「ちょ、それはッ⋯」

耳朶を甘噛みされ、思わず身をよじる。

耳だけは本当に弱いから、なんとしてでも回避しなきゃ。

「蛍、逃げないで。俺に体預けて欲しい」

「やっ、無理⋯」

「大丈夫、怖くないからね」

あぁ、どうして智明くんの声はこんなに安心するんだろう。

心の底から大丈夫だと思えるような、全て任せてもいいと思えるような声だ。