私は、花が大好きだ。特に桜。春の日本の代名詞とも呼べるその花は、私の心を満たしてくれる。匂いはもちろん、見た目もピンクで小さくて儚くて…可愛らしい。男の子が思い浮かべる理想の女の子像もこんな感じなんだろうな…。私は小学生の頃から黒縁メガネをかけていて、髪型はショート。小柄で顔立ちだってお世辞にも「可愛らしい」とは言えない見た目だった。
…そう思うと、ほんのちょっぴり、桜が羨ましい気がする。私もこんな可愛らしい見た目だったらもう少し、自分に自信が持てたのかな?
そう思いながら家を出る。今日は月曜日。学校がある日だ。正直、めんどくさい。私は勉強と人間関係の両立ができないタイプだから、成績は良いくせに友達は1人もいなかった。
そんな私の学園生活に彩りを与えてくれた人がいる。如月 寛人君だ。1年生の時だったかな?私が図書室に本を返そうとした時に階段からコケて本を全部落としてしまったことがあった。その時に彼はコケた私を優しく支えて

「…おっと!危なかったね…大丈夫?怪我はない?」

と声をかけてくれた。この日を境に私の学園生活は変わった。
気分が重くなる登校時間も、喋る相手がいない給食中も、掃除の時間さえも、彼に会える、彼を見ることが出来ると思うと明るい気持ちになれた。
……でも、私はこの気持ちを彼に打ち明けるつもりは無い。とてもかっこよくて人気者の彼と、クラスの隅で本を読んでいる私。どう考えても不釣り合いだよね。この気持ちは、私の中に留めておくんだ。

そうやって、自分の想いを閉じ込めたままあっという間に3年生になってしまった。もうすぐで私たちは卒業する。本文を書き終わった先生への感謝の手紙に「佐々木 真琴より」と書き足して学級委員長に渡す。
この高校になんの思い出も無い私でも、しんみりとしてくる。そんな事をぼーっと考えていたら、背後から急に声をかけられた。

「佐々木さん!ちょっと良い?」

びっくりして体が少し跳ねてしまった。急いで後ろを振り返ると、そこには如月君がいた。
「え、あ…如月君……えっと…何?」
驚きすぎたせいかちょっと、いやかなり無愛想な返事になってしまった。彼は無言でこちらを見ている。やっちゃった。完全にやらかした。そう思っていると、彼が私の事を見つめながら笑いだした。

「……………ふふっ佐々木さんってそんな風に驚くんだね!!!凄く真面目で感情無さそうだったから意外だなぁ…」

…これは、褒められてるのかな…?というか感情無さそうってなんなの!?ロボットみたいに無機質ってこと!?

「…私、そんなに無機質な女の子に見える?」

恐る恐る聞いてみると、今度は彼が驚いたような顔をして答えた。

「いや!?そういう事じゃなくて…なんて言うのかな…『淡々と物事をこなしてそう』っていうの?他には『弱ってる雀見ても何とも思わなそう』とか『いちいち感情を起伏させるの面倒くさがってそう』とか…あと……」

彼が他に何かを言おうとした所で私は止めた。多分、これ以上何か言われたらメンタルがもたない。
…でも少なくとも無機質なロボットガールと思われてなくて良かった。好きな人にそう思われてたら悲しすぎるでしょ。

「…あ、そうだ。如月君、私に何か用があったんだよね?」

色々話してて忘れていたけど、彼は私に用があって声をかけてくれたんだった。…色んなことをすぐに忘れる所も、私の欠点だ。

「そうそう!忘れてた!……えっとさ、先生への感謝の手紙ってあるじゃん?俺さ、全然内容書けてないんだよね…それでさ…手伝ってくんないかな?」

なるほど。確かに先生への感謝の手紙には私も苦戦した。「お願い!!」と手を合わせて軽く頭を下げる彼を見て、『好きな人からのお願い』の威力を思い知った。これは、OKしちゃうよ。

「うーん…良いよ…手紙、見せて。」

彼が小声で「お願いします」と言いながら先生への感謝の手紙を私に渡した。私は彼の手紙を熟読する。

「…どうかな?俺の手紙…」

私は彼の手紙を伏せて、単刀直入に言い放った。

「まず1つ言わせて…「ありがとう」を使いすぎ。」
「えぇ…!?」

彼が「感謝の手紙って感謝を伝えるものでしょ…」と頬を膨らませた。不覚にもちょっと可愛いなって思っちゃった。凄く頬を摘みたくなる。でもその気持ちは一旦押し込んで、まずは手紙のアドバイスをしなくちゃいけない。

「んーっとね……確かに感謝を伝える手紙だから、『ありがとうございました』って書くのは当たり前なんだけど、如月君の場合、1行に1回のペースで『ありがとう』って言ってるの…感謝の手紙とはいえふざけてるって思われちゃうかも……」

「しかもタメ口だし」と私は付け加えた。彼はしばらく考え込んでから私が伏せた手紙を取り、また考え始めた。大分長く考えてもわからなかったからなのか、結局私を近くに呼んで

「ごめん佐々木さん…俺ちょっとわかんないや…助けて」

と言って私を引き寄せた。体が触れる。その瞬間、私はドキッとした。

「ちょ、ちょっと…近くない…?」

私は頬を赤らめながら言った。こんな状況、耐えられないよ。彼の顔が至近距離にある…。やっぱりかっこいいなぁ…。

「え、そんな近いかな?嫌だった?ごめんね…」

そう言いながら彼は私と少し距離をとった。
…私の、馬鹿。

私が手紙のアドバイスをしてから、急に彼と話す機会が増えた気がする。
例えば、卒業式練習のお辞儀のタイミングを教えたり、歌の歌詞カードを貸してあげたり、卒業式練習の為に使うひな壇を一緒に運んだり…。しかも、全て体の距離が近くなるものばかり。彼からしたらなんて事ない日常のひとコマなんだろうけど、私からしたら大事件。いつも遠目から彼を眺めているだけだったから、彼と話せただけで凄く嬉しい。

それに、彼は本当に優しい。この前私が容姿を気にしてる事を話したら、

「佐々木さんはそのままでも十分可愛いよ?」

とか言ってくれた。優しすぎない?

そんな彼といられるのも、残り僅か。あと1ヶ月。いや、もう1ヶ月も無い。
……あれ?もうそれだけしか時間無いの?彼とあと数週間しか会えないの?嘘でしょ?

私、このままで良いのかな。彼と私は不釣り合いなのはわかってるし、そもそもこの気持ちを打ち明けたところで彼が私を受け入れてくれるかもわからない。
でも、このまま卒業を迎えてしまえば彼とはもう二度と会えないかもしれない。連絡先も知らないし。
……二度と会えなくなる…だったらそれを逆手に取ろう。どうせ失敗しても彼とはきっと、もう会わない。
やらずに後悔するくらいなら、やって後悔する方が多分マシだと思うから。

そして迎えてしまった卒業式当日。結局この日まで気持ちを伝えられないままずるずると過ごしてしまった。しょうがない。恥ずかしいもん。でも、今日は、今日こそは…ていうか今日しかないし。辺りを見渡して彼を探す。
号泣してるクラスメイト。先生に絡みに行くギャル。写真を撮っている軍団。どこを見ても彼はいない。

「…帰っちゃったかな?」

どこ探してもいないし、帰っちゃったのかもしれない。なら、私も帰ろうかな…。そう思って俯きながら歩を進めると、校舎の後ろ、いわゆる立ち入り禁止エリアと呼ばれる所に人影が見えた。…わざわざ卒業式後にあんな所に入るなんて一体どんな人なんだろう。1度湧いた好奇心は中々抑えられなくて、私は木の影に隠れてその人の事を見てみることにした。

「……でさ、〜〜なんだよね!」
「………え〜っ!?……なの〜?」

あ、2人組なんだ。片方は男子で…もう片方は女子か…。
……なんか片方の人、見覚えあるような…ってあれ?如月君じゃない?…うん。どっからどう見ても如月君だ。え、ここで何してるんだろう…?もっと耳を澄ましてみる。

「……好きだよ」
「私も…好きだよ寛人…卒業しちゃったね私たち…」

2つの影が重なる。メガネの度が合ってないせいでよく見えないけど、多分キスしてる。
あ、そっか。なんでわからなかったんだろ。如月君、あんなにかっこいいんだから彼女いるよね。普通。…なんで逆にそこまで考えられなかったんだろ私。如月君は爽やかでかっこよくて、でもたまにどこか抜けてて、よく忘れ物してて、それでも優しさだけはピカイチで……こんな彼がフリーな訳ないじゃん。

その時、私の頬を滴が伝った。…あれ、私、もしかして泣いてる?卒業式で泣かなかった私が?やばいどうしよう止まらない。涙が流れるだけなら良いのに、私はすすり泣き始めてしまった。こんな所、誰にも見られたくない。でも今日が卒業式で良かった。泣いている理由として利用出来る。それだけが救いかな。
早く、帰らなきゃ。誰かに呼び止められた気がするけど、無視してまた歩き出す。校門を出て帰路に着く。

「……好きだったなぁ…」

いつもは大好きな桜の匂いが、今日はなんだか酸っぱく感じた。