洗面所を後にして、フロントへ戻る為エレベーターへと向かう。腕時計を見ると、間もなく休憩時間も終了だ。馬場のせいで、あまり休憩した気になれなかった。
 
 無人のエレベーターに乗り込み、「閉」のボタンを押すと、思いがけない人が慌ててこちらへ走ってきた。
 ——三橋さんだ。

「ああっ、すみません! 乗ります!」

「えっ、あっ! 危な——!」
 
 ガシャン!
 
 閉じかけていた扉を無理矢理に腕で抑えると、その隙間から三橋さんがするりと乗り込んできた。ふわり、と花の香りが舞う。危うく、彼女が扉に挟まれるところだった。

「すみません、ありがとうございます」

「ああ、いえ……」

 扉が閉まり、ガコン、という音と共にエレベーターが動き出す。

「あの、大丈夫でしたか? 腕……。ごめんなさい、急に乗り込んだりして」

 三橋さんが心配そうな顔でこちらを見つめる。上目使いが可愛いすぎて、直視できない。

「大丈夫ですよ」

 即答する。
 ああっ、今のちょっと愛想無かったよな? なんでこんな冷たい口調になってしまうんだ?
 
 三橋さんは、それきり口をつぐんでしまった。せっかく話すチャンスなのに、俺は何をやっているんだ。
 行け!
 今だ!
 何か言え、小鳥遊航!
 

「あの、三橋さん」

「は、はい」

「ええと……その、うちの馬場がいつもすみません。キリヤの皆さんにご迷惑お掛けしてませんか?」

 すまん、馬場。お前をネタにさせてもらうぞ。

「馬場君ですか? いいえ、全然迷惑じゃありませんよ。いつも私たちに気さくに話しかけてくれて、むしろすごくありがたいです。その、ホテルの方と話す機会ってあまりないので。馬場君のお陰で、私たちも宿泊部さんとのやり取りがスムーズになって助かってます」

 そう言って三橋さんは微笑む。
 何だ、馬場のやつ。高評価じゃないか。

「それなら良いのですが。もし何か困ったことがあれば、いつでも私に仰ってくださいね。しつこくデートに誘われたりだとか」
 
 さりげなく、デートの予定があるのか無いのか確かめようとしてみるも、
「ふふっ。わかりました。あんまりしつこい時は小鳥遊さんに助けを求めますね」、と可愛く交わされてしまった。