四年前の、あの朝。
 会社へ行きたくなくて、でも行かなきゃならなくて。気持ちの限界ギリギリだった私。

 呼吸が苦しくて、意識が遠のいて——。
力の抜けてしまった私を、誰かが抱きとめてくれたような気がした。でも、後から誰に聞いても、その人が誰なのかはわからなかった。

 まさか、あの時も助けてくれていたの……?
 

「……航さんが、助けてくれたんですね。ごめんなさい、正直あんまり覚えていなくて」

「あの時は、とても具合が悪そうだったので……。だから、あなたがキリヤのスタッフとしてヘルメース・トーキョーに現れた時は、お元気そうで心から安心しました」

 そう言って優しく微笑む顔に、胸がギュッとなる。これはもう、運命なのかもしれない。

「遅くなっちゃいましたけど、その節は助けていただいて本当にありがとうございました」

「どういたしまして。ん? でも覚えていないなら、あなたの言う『初めて会った時』って……?」
 

 私は、自分の口元に人差し指をあて、あの日の彼の仕草を真似てみせた。
 
「私とあなた、二人だけの秘密、です。裏導線から宴会場まで、連れて行ってくれたこと」
 
 航さんの顔が、みるみる驚きでいっぱいになる。もう、八年も前のことだ。あの時の学生と、目の前にいる私が一致しなくても仕方ない。それくらい、時間は流れたのだから。

「ちゃんと、約束は守りましたよ? 私」
 

 私が言うと、航さんは歩くのをやめて立ち止まり、そして。

 もう一度、私を抱きしめた。さっきよりも強く、ぎゅっと力をこめて。
 

「——素敵な大人になりましたね」