「——三橋さん? 小鳥遊です」

「えっ。小鳥遊さん? お、お疲れさまです」

「お疲れさまです。すみません、突然お電話代わってしまって」

「いえ……」

 まさか小鳥遊さんの声が返ってくるなんて、予想外過ぎて言葉がうまく出てこない。

「お休みなのに、本当に申し訳ありません。今回の件は全てこちらの、宿泊部のミスなんです。キリヤさんにまでご迷惑をお掛けしてしまって、本当に申し訳ないです」

 きっと、小鳥遊さんは今、受話器を持ったまま頭を下げているような気がする。その姿を想像して、胸が苦しくなる。

「大丈夫です。あの、そのお客様のご到着は何時の予定ですか?」

 腕にはめた時計を見る。一時を少し回ったところだ。

「ご到着予定は十六時です。それまでに、お部屋にお入れできれば」

「かしこまりました。間に合わせます」

 何としても、間に合わせなきゃ。小鳥遊さんのピンチなら救いたい。私が、救いたい。

「ありがとうございます。三橋さん、あの、慌てずに気をつけて行ってきてくださいね。最悪、何とかしますから」

「わかりました。ありがとうございます」
 
 それでは、また。そう言って電話は切れた。右耳に小鳥遊さんの声が残っている。低くて心地の良い声。
 私、やっぱりこの声が好き。
 

「どうした? 何かトラブル?」

 馬場君の声でハッと我に返る。

「あ、うん……。なんか、今日宿泊のお客様へお花を手配するのを忘れてたらしくて……。キリヤの本店でお花をもらって、ホテルに届けてくる、私」

「そっか、わかった」

「ごめんなさい、せっかく今日誘ってくれたのに」

「え? 一人で行く気?」

「え? そうだけど……」

 馬場君が、はあっと呆れたようにため息を吐いた。

「あのさミツバチちゃん。俺、車持ってンだけど?」

「で、でも……。悪いよ、私の仕事に付き合わせたら」

「バーカ。どうせホテル側のミスなんだろ? それなら俺も手伝う義務がある。てか、手伝わないと俺が怒られるって。だから気にすんな」

 バカと言われたのは引っかかったけど、正直ありがたい。車なら、かなり時間短縮になる。
 
「ありがとう。じゃあ、お願いします」

「りょーかいっ。んじゃ、こっからはドライブデートな」

 そう言って、きらきらの笑顔を向けた。
 
 告白の返事をうやむやにしてしまったまま、私は彼の車に乗り込んだ。