8月16日、試合の当日だ。



結果から言ってしまうと、今回も試合に勝った。



「竹山智、1R 3分14秒 右フックでダウンを奪い、パウンドでTKO勝利!!」



俺の戦績は26戦25勝1分け。またも戦績が更新された。



「勝ったぞ!智花!!

お前のおかげだ。一緒に戦ってくれてありがとうな。これで23連勝だよ。」



俺は智花に記録を更新したことを報告しに来た。



「あら、聡志くん。来てくれたんだね。」



声がした方向に体を向けると、そこには水の入った手桶と花束、ビニール袋を持った智花のお母さんが立っていた。



「ご無沙汰してます。お母さん。」



「この前の試合見たわよ。すごいわね!これで23連勝中なんだってね。

きっと智花も大喜びしてるに違いないわよ。」



「そう言ってもらえてうれしいです。

あ、そうだ。後程、ご自宅の方へお伺いしてもよろしいでしょうか。」



「ええ。構わないわよ。ぜひ寄って行って!」



「ありがとうございます。」



俺は智花のお母さんと墓の手入れをして、一緒に手を合わせた。



「俺はもう少しここに残ります。また後程。」



「あらそう。それじゃあまた後でね。」



「はい。」



俺より先に智花のお母さんは帰っていった。

まだもう少し智花と一緒にいたい。それだけの気持ちだった。



それと、智花にはもう一つ報告しなければならないことがあった。



「智花。俺、格闘技引退しようかなって思ってるんだよね。

これまで26戦もしてきたし、智花の言ってた『生きがい』ってやつを十分感じれたと思うんだ。

人々を熱狂させて、応援してくれる人のために試合に勝つってことが俺の生きがいなんだ。でも、連勝し続けてさ、周囲の人は『智なら楽勝でしょ。』とか、格闘技なんていつ負けるかわからないのに、周りから期待させるのがちょっと苦しくなってきたっていうかさ...

智花だったらこの悩みどうやって解決するんだろうな。」




返ってきもしない返事に期待しながら俺は智花にむけて淡々と喋る。



「話が長くなったな。すまない。それじゃあ智花、また来るからな。」



智花に挨拶をして俺はその場を後にして、智花の実家へ向かった。



ピンポーン



「はーい」



「聡志です。」



「あ、今開けます。」



ガチャッ



「どうぞ、中へ入って。」



「失礼します。」



俺は10年ぶりに智花の部屋に入った。

涙をこぼしながら智花の手紙を読んだ時以来だ。今でも少しこみ上げて来るものがある。



ふさっ



部屋の片隅に置かれていたベッドに腰を掛けた。



「手下さとしく~ん!もう!起きてってば!!」



遠くの方で誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。



「気の...せい...か。」



「ちがーう!!起きろ!!」



目を開けた瞬間俺は自分の目を疑った。



「え!!??智花!!!!!!????」



そこには最愛の同級生‘‘山之内智花’’がベッドの横に立っていた。



「いつまで寝てるんだよ!!笑

そこ私のベッドなんだけど?」



「あぁ!すまない。つい...」



どうやら俺は力尽きて寝ていたようだ。まるで吸い込まるかのように。



「まぁ許そう!笑

てか、最近聡志困ってるんだってね。」



「え、なんでそれを...」



「え、だって私に話してくれたじゃん!

格闘技引退したい。期待されるのが苦しい。って!!笑」



「とどいてたのか、」



「なんか言った??」



「いや、何でもない。」



「まぁさ、深く考えること無いんじゃない?格闘技引退してもさ、智の名はいつまでも、どこまでも広まってくと思うし。

格闘家なんて選手生命も短いんだから、怪我無く、病気無く、健康にその道から降りたほうがいいと思う!笑」



「まぁ確かにな。」



「結局は聡志がどうしたいかだよ!格闘技を引退したとしてほかに何かやりたいことはあるの?」



「特には。」



「そっかぁ~

あ、じゃあ、私の代わりになんでも屋やってよ!!」



「なんでも屋?」



「そう!私の感じてた『生きがい』を感じれると思うし、格闘家の時とは違った『生きがい』、やりがいを感じれるかもしれないよ!!

あ、お金はしっかり貰わないとね!!笑」



「そうだな。いっちょやってみるか!」



「その調子!さっきよりもだいぶ顔色良くなった気がするよ!」



「気のせいだろ。笑

なんだか懐かしいな。こうやって智花と話すとなんだか心が落ち着くよ。」



「そう思ってくれてありがと!

また、会えるといいね。今度は、私が聡志の彼女として。」



「そうだな。俺たちはずっと一緒だ。」



「ありがとう。」




バサッ





「智花!!」



「な、なんだ...夢だったのかよ...クソっ...」



智花が俺の横で立っている。そんな夢のような出来事が起きるはずがない。

でも、さっき俺は確かに智花と話した。



「しっかり届いてたんだな。ありがとう。」



もう二度と智花と話すことはできないと思っていた。でも、智花はそんな気の弱い俺のためにもう一度話す機会を設けてくれた。

これは俺のためでもあり、智花、自分自身のためでもあると思う。




夢ではない、でもいない。こんな複雑な気持ちになったのは2回目だ。



俺はこの時確信した。智花は絶対俺たちの事を見守ってくれている。と。



その後、俺は智花のアドバイスの元、なんでも屋を始めた。

智花のやってた時とは違い、しっかり料金を貰っている。



「智花の言ってた通り、格闘技とは違う生きがい、やりがいがあるな。」



ちなみに、格闘技とは一旦距離を置くことにしたがなんでも屋の注文が落ちついてきたらまた復帰すると思う。格闘技の、あの感覚が忘れられることは無いだろう。



もっと奴に優しくしとけばよかった。

もっと楽しそうにしとけばよかった。

もっと名前を呼んでやればよかった。



そんな思いが込み上げてくるが、後悔しても智花は戻ってこない。



‘‘智花の分まで最期まで生きる。’’これが俺にできる仕事、『生きがい』のような気がする。



恋をした相手が一番嫌いな奴で良かった。