奏さんがいなくなることを、望んでいる訳ではありません。

ただ奏さんがここから去ることで、奏さんご自身が今より幸福になれるのなら。
 
それなら、私は奏さんを引き留める訳にはいきません。

後腐れなく、快く送り出すだけです。

親友ですから。

親友の幸福を願うのは、誰しも当たり前のことでしょう?

人間であろうとも、『新世界アンドロイド』であろうとも、それは共通のはずです。

一晩考えて、私はそのような結論を出しました。

「私は奏さんが、幸せに暮らすことを望んでいるだけです」

「…」

「そして、奏さんが転校することが、その幸福に繋がるのなら…私は快く送り出すつもりです」

と、私は言いました。

「…そっか。…そうだね、ありがとう」

と、奏さんは言いました。

私から、視線を逸らして。

「あと一学期の付き合いになりますね。…最後まで、宜しくお願いします」

「…うん、こちらこそ宜しく」

と、奏さんは言いました。

やはり、私から視線を逸らしたままでした。

「…でも、一つだけ聞いて良い?」

と、奏さんは聞きました。

「はい、何でしょう」

「瑠璃華さんは…俺がいなくなっても、平気なんだ?」 

と、奏さんは、何故か断定するように聞きました。

平気?

それは平気です。

特定の誰かが目の前からいなくなって、それで私の身体に不調が起こることはありません。

しかし。

「平気ですよ。…でも」

「…でも?」

「…奏さんのいない日常に…慣れるには、きっと時間がかかるでしょうね」

と、私は言いました。

何日、何ヶ月、それとも何年でしょうか。

『新世界アンドロイド』の、適応力の高さを以てしても。

奏さんのいない毎日が、当たり前になる日は…きっと、凄く遠いと思います。

…これまでは、それが当たり前のはずだったのですけどね。