「…何で、瑠璃華さんがこのことを知ってるのかは知らないけど…」

と、奏さんは言いました。

それは先程もお話した通り、空き巣の結果です。

「事実だよ。この間の週末に…帰国した叔母さんに会って、そのときに誘われたんだ。一緒に暮らそうって…」

「…」

「でも叔母さんの家族は、県外に住んでるから…一緒に住むなら、俺は転校しないといけない」

と、奏さんは言いました。

そうですよね。

「だから迷ってたんだ。叔母さんの誘いを受けるかどうか…それとも断るかどうか」

と、奏さんは言いました。

…はい?

…断る?

「何故断るのですか?」

と、私は聞きました。

昨日の電話や、電話を終えた後の施設職員との話から察するに。

奏さんが叔母家族に引き取られることは、既に決定事項のように聞こえました。

それなのに、奏さんはお断りするかどうかを考えていたのですか?

何故?

奏さんに、断る理由などないはずです。

「それは…だって…。今の生活をいきなり…そんな、大きく変えるなんて…さすがの俺だって不安だよ」

と、奏さんは言いました。

不安…ですか。

「転校した先が、今より良い学校かどうかなんて、誰にも分からないし」

「…ですが、今よりはマシなのでは?」

と、私は聞きました。

この学校が、いかに奏さんにとって居心地の良い空間ではないかは、私もよく知るところです。

教師連中は、算数の計算もまともに出来ない上に。

どうしたら、障害のある奏さんが参加出来るではなく、初めから除外することしか考えていない。

相変わらず、故障したエレベーターだって、直さないままです。

でも転校した先では、ここよりはきっと、良い場所である可能性が高いように思えます。

今が酷いのですから、これより酷くなるということは、あまりないのでは?

「…そうかもね、皆優しいかも…。でも転校した先に、瑠璃華さんはいないから」

と、奏さんは言いました。

私?

「でもここに残れば、瑠璃華さんはいるから。来年も、再来年も」 

「…」

「それは俺にとって…大事なことなんだよ。誰が待ってるか分からない学校に行くより、今ある大事なものを、ずっと大事にしたい…」

と、奏さんは言いました。

…成程、そういう考えですか。

「…でも転校した先で、私より仲良くなれる親友に出会うかもしれませんよ」

「そうだね。だけど、それは絶対に約束された未来じゃない。もしかしたら、一人も友達なんて出来ないかもしれない。…ここに最初に入学したときみたいに」

「ですが、引っ越した先には、少なくとも奏さんを受け入れてくれる叔母夫妻はいらっしゃるでしょう?」

「…瑠璃華さんは、俺にいなくなって欲しいの?」

と、奏さんは聞きました。

とても…悲しいことを聞かれますね。

そういう意味で言ったのではありません。

「いいえ、私はただ…親友である奏さんの幸福を、願っているだけです」

と、私は言いました。