ハンドミキサーがないのは、泡立て器で代用して何とかなりますが。

オーブンが空いていないのは、どうしようもありません。

家庭科室に備え付けてあるオーブンの数は、4台。

その4台が、今は、全て埋まっています。

他グループが、先にオーブンを使用してしまったのです。
 
しかも、まだ焼き始めたばかりなのか、どのオーブンを見ても、残り時間は30分を越えています。

つまり、あと30分は、どうやっても生地を焼けないということです。

これは困りました。

生の生地のまま、足踏みをすることになるとは。

世の中は早い者勝ち、ということなのでしょうか。

こんなことなら、もっと湯野さんを急かすべきだったかもしれません。

しかし、そんな湯野さんはと言うと、特に悪びれた様子も、困った様子もありません。

「へぇ、皆お菓子作ってんのかなぁ。何作ってるんだろ」

と、湯野さんは、この呑気な反応です。

他グループが何のお菓子を作っていようと、私達のロールケーキ作りが、ここで停滞してしまったことに変わりはありません。

「…仕方ありません。オーブンが空くまで待ちましょう」

と、私は言いました。

ここでのタイムロスは、大変痛いですね。

私は頭の中で、時間の計算をしました。

オーブンが空くまで、最低30分かかります。

そこから私達がロールケーキの生地を入れて、その焼き時間がおよそ20分程…。

焼けたら粗熱を取って、生クリームとフルーツを挟み、ロールケーキ状に丸めて、更にトッピング…。

等々やっていたら、時間ギリギリですね。

間に合えば良いのですが。

しかし、これはどうにもならないことですから、今更悔やんでも仕方ありません。

それよりも。

「湯野さん、お喋りをしていないで」

と、私は言いました。

湯野さんは、オーブンが空くまで暇をもらった、と言わんばかりに。

他グループの女子生徒と、ぺちゃくちゃお喋りに興じていました。

彼女のお喋り好きは、近所のおばさんレベルですね。

「他の料理を作るのを手伝いましょう。まだ、終わっていないはずですから」

と、私は言いました。

「えぇ?他の料理なんて、手伝わなくて良いじゃん。皆担当が決まってるんだから、そいつらに任せなよ」

と、湯野さんは不平そうに言いました。

「私らだって、二人でやってたじゃん。誰の手も借りずに。だったら他の四人も、自分達だけでやらせれば良い」

と、湯野さんは続けて言いました。

成程、自分達はそうだったのだから、他の人もそうあるべき、という理論ですね。

理解出来なくもありませんが、生憎彼らは他人ではなく、同じグループの仲間です。

ならば、担当に関係なく、手伝わなければならないでしょう。