教室の前につき、扉越しに教室の中を見渡す。

そこで前の方に座っている髪の長い女子と目が合った。

美月(みづき)という名前の女の子だ。

僕は初めて会った時、美月さんには少し気弱そうだなという印象を持った。

前髪も長く、少し目が隠れていたからそういう印象を受けたと思う。

少し話したことがあるだけだが、彼女はとても優しくて明るいいい人だ。

今だってただのクラスメイトの僕に対して、美月さんは笑って小さく手招きしてくれた。

美月さんとは仲良かったんだっけ。とりあえず美月さんに僕のことを聞きに行こう。

仲良くない相手への配慮までは、僕にはできない。

彼女なら僕のことについて知っていてもいなくても、親身になって聞いてくれるだろう。

僕は聞き込みをする相手を美月さんに決め、彼女から少しの勇気をもらい教室に入る。

「どこ行ってたんだ。授業中だぞ」

少し怖い雰囲気の松岡先生が、数学で使っていた大きな三角定規を使って僕の方を指す。

「すみませんでした。体調が悪くなってしまって」

適当な嘘を並べて席に着こうとしたとき、

「待て待て修太朗。この問題の答えはわかるか」

黒板を二回叩きながら問いかけてきた。

「わからないですね。勉強しておきます」

問題自体は簡単な気がするが、習ったことがないため答えないでおいた。

のそのそと自分の席に戻り、座ろうとしたとき

「すまないが、今日の授業は今から自習とする。それから修太朗は今から私と一緒に生徒指導室に来なさい」

松岡先生に呼び出されてしまった。

問題に答えなかったのが悪かったか。それとも仮病がばれたか。

なんにせよついていくしかない。先に教室の外に出て待っている先生のもとに向かう。

いつもは怖く見える数学の松岡先生が、どことなくおびえているように見えた。

少し距離をとり歩いていると、生徒指導室に着いたようだ。

僕とは無縁な場所だと思っていたため、どこかわからなかった。

「少し待っていなさい」

そういうと先生は生徒指導室の隣の職員室に入っていった。

「うわぁ、職員室の隣なのか…」

何を話されるにしろ、僕の印象が悪くなりそうだなと呑気に考えていた。

くだらないことを考えているうちに、松岡先生と担任の藤田先生が出てきた。

「入って。話をしよう」

僕の方を見てそれだけ伝え、生徒指導室の中へと消えていった。

僕も追いかけるように、部屋に入り扉を閉める。

松岡先生が僕に対して、椅子に座るように促す。

僕は促されるままに椅子に座り、何を聞かれるのかと少し緊張していた。

少しの沈黙の後

「修太朗君は人を殺してしまったのかい?」

藤田先生の方から問いかけてきた。

僕は首を横に振る。

「正直に話しなさい!」

机を叩きながら、松岡先生が問い詰めてくる。

僕は正直に今の状態を話していった。

「僕は人を殺してしまったのでしょうか。よく覚えてないんですけど…」

難しそうな表情を浮かべる二人の先生。

正直に話す中で、常に僕は冷静にいることを心がけた。

どんな些細な情報も拾い落とさないように…

「そうか。やっぱり何かの間違いだよな。普段から優しいのは担任の私がよく知っている」

藤田先生は納得してくれたようだ。続いて

「そうだな。真面目で優秀な修太朗が殺人なんてな。変だと思ったんだよ。

 さっき問題を出したのは、君がいつも通りなのか知りたかったからだ。

 評価を下げたりはしないから安心していいぞ」

松岡先生も笑いながら理解してくれたようだ。

殺人の疑いがかかっていた僕を知っている先生たちにいくつか問いかけてみる。

「先生たちは、僕が人を殺したということを何となく知っていた感じですか」

これに二人の先生はうなずき、藤田先生が話し始めた。

「正直変な夢だと思っていた。だけど出席をとったあとの修太朗君が少し変だったから気になってな」

それを聞いたとき大切なことを思い出した。

「藤田先生。僕って昨日は学校にいましたか?」

先生ならば出席をとっている。正しいデータが残っているはず。

「いや、修太朗君は昨日は欠席していたよ。松岡先生の名簿ではどうですか」

「私が授業でつけたときは欠席としていたはずだ」

これはかなり貴重な情報だ。二人の先生から欠席であることを聞くことができた。

「ありがとうございます。和樹君から、昨日僕は学校に来ていたと言われたもので」

僕はお礼と聞いた理由について簡単に話した。

「そうか。昨日はどうしたんだ。風邪でも引いてしまったのか」

なんだかんだ心配してくれている松岡先生に対する印象がかなり変わった。

とりあえず僕は昨日のことを伝えた。

「いえ、昨日裁判があって、その後に……」

事情を伝え終えると、松岡先生が椅子から立ち上がり

「とりあえず私は職員室のほかの先生たちにも、修太朗の無実を伝えてこよう」

そう言い残して生徒指導室を飛び出していった。

初めてあんな笑顔の松岡先生を見た。

生徒を疑っていたが、生徒の無事と罪がないことで気持ちが軽くなったといったところだろうか。

続いて藤田先生は、

「何かあったら、なんでも相談してくれて大丈夫だから。先生はもう修太朗君を疑ったりしない」

そう言うと立ち上がり、さらにつづけて

「じゃあ。教室に戻っていいよ。私も一度職員室に戻っているから何かあったら呼びに来てね」

と言って、生徒指導室から出ていった。

さっきまで疑われていたとはいえ、“疑ったりしない”という言葉による安心感は凄まじいものだった。

少し重苦しい雰囲気だった生徒指導室は、いつしか僕の安心感で満たされていた。