僕は引きずられるままに連れていかれた。

力強く引っ張られるから、バランスが取れずフラフラだ。

引っ張ってこられた場所は先生も生徒もあまり来ない、特別教室棟の踊り場だった。

和樹は僕のことを壁に打ちつけた。

僕は勢いから尻もちをついた。

そこに和樹は一発蹴り入れてきた。

「おい、修太朗。金は持ってきたか。あるだけ全部出しな」

僕はこんな日に限ってお金を持ってきてしまった。

何とかバレないようにするしかない。

「昨日も話したけど、僕は学校にお金を持ってきていない。だから渡せるものはない!」

強気に出てごまかそう。

叶のためにお金のことはバレるわけにはいかない。

「しょうがねえな。来い!!こいつ殴るぞ!」

和樹が大きな声で上の階に向かって呼びかけると、男子生徒が二人降りてきた。

体のつくりががっちりしているような生徒だ。

3人揃って、殴られたらかなりきつそうだが、耐えるしかないか。

「おい!本当に持っていないのか?金さえ出したら楽になるぞ!」

和樹は脅しながら僕のことを殴り、ほかの二人も殴ったり蹴ったりとしてくる。

正直あまり痛くはない気がする。

アドレナリンなどによるものだろうか。

「おい。こいつのポケットとか探すぞ!隠してるかもしれない」

あまり痛がらなかったからか、別の動きを見せてきた。

ここでそう動かれた場合、お金の存在がバレてしまう。

胸ポケットにお金は入っている。

和樹と取り巻きの二人がポケットなどを触り始める。

必死に抵抗するが腕は和樹に固定されている。

足は取り巻きの二人によって動かせない。

ズボンのポケット、ブレザーのポケットと確認されていく。

「やっぱり持ってないか」

胸ポケットを調べる前に和樹が諦めるように言った。

お金を守れたこともあり、少し安心した。

安心してしまった。

「今、ホッとしただろ。こいつ持ってるぞ!」

油断してしまったことで、さらに丁寧に調べられ、取り巻きの一人が僕の胸ポケットに手を伸ばす。

もう駄目だと諦めていた時、女子の悲鳴のようなものが聞こえた。

助かったと思った。

しかしお構いなしで調べられ、とうとう誤魔化しきれないと思った時

「和樹君。そろそろやめないと先生呼ぶよ!」

呆れた顔で美月が廊下から歩いてきた。

和樹は美月の方を見て、怒鳴りつける。

「何言ってるんだ!そんな脅しじゃやめねーよ」

イライラした様子で和樹が答えて、僕の方を向いた。

「しょうがないなぁ。藤田先生、こっちです」

その声とともに、大人が歩いてくる。

「君たちか…何となくわかっていたけど。とりあえず指導室に来てもらおう」

舌打ちを残して、和樹と取り巻きの二人は連れていかれた。

美月は僕の方に寄り、声をかけてくれた。

「大丈夫?こんなに傷だらけで…」

涙を浮かべて、美月は心配そうに声をかけてくれる。

「大丈夫だよ。強がりじゃなく、あまり痛くないし」

僕は正直大丈夫だけど、見えるところに傷がついてしまったことが問題だ。

叶の思い出を作るためなのに、いじめがあるなんて事実を僕は認めるわけにはいかない。

顔にいくつか切り傷ができてしまった。

「美月は学校に絆創膏とか持ってきてないかな」

「あるよ」

そういうと美月はポケットから絆創膏を出した。

「ごめん、それもらえないかな」

「いいよ。つけてあげる。こっちおいで」

首、おでこ、左頬に美月が優しく絆創膏を貼ってくれた。

美月のやさしさに照れてしまう。

「なんか恥ずかしいな。照れる」

笑いながら僕が答えると、美月は顔を赤らめて言う。

「冗談言えるなら大丈夫かな。私まで恥ずかしくなっちゃった」

気まずさを感じる静寂が続く。

「あのさ、さっきはありがとう。悲鳴をあげてくれたり、先生を連れてきてくれたり」

いじめの現場にあって、あんなに勇気のある行動が僕にはとれるだろうか。

「え…先生を連れてきたのは私だけど、悲鳴?は私じゃないよ」

「それでもありがとう。美月が来てくれなかったら大切なお金が盗られるところだった」

お金を守れたこともあり、僕はホッとして壁にもたれかかる。

「お金か~何買うの?」

「椅子を買おうと思って」

「修くんが使う椅子を買うの?私も行っていい?」

美月には叶のことを教えてもいいのではないか。

できるならば相談に乗ってもらったり、叶の話し相手にもなってほしい。

「一時間目の授業抜けだして話せないかな」

「あらあら。優等生の修くんは何処へ。それでどこで話す?」

「生徒指導室にしよう」

屋上でもいいが、僕は和樹たちのいじめを問題にしない方が優先だと思った。

「和樹君とかがいるんじゃない?」

「だから行くんだ。いじめをなかったことをするために」

美月からは怒りが伝わってくる。

せっかく助けたのになかったことになるんだ。

でも広く知られるわけにはいかない。

叶の耳に入らないように、この話をなかったことにする必要がある。

「ちゃんと理由があるんだよね?」

「説明するから。お願い…」

僕は美月に頭を下げてお願いした。

「ごめんごめん。頭上げて、ちゃんと説明してくれればいいから」

「ありがとう」

頭を上げると、立ち上がっている美月が笑顔で、僕に手を伸ばしてくれていた。

美月の手につかまって立ち上がり、二人で生徒指導室に向かい歩き始めた。