「遥灯くん、帰るよ」
「え?」
「送りますよ」
琥太朗に手招きされる。やけにニヤついていたから、見ただけでわかる。たぶん今の状況を色々言われるんだろう。
俺のせいで、セレピの空気は悪くなっている。それに関しては、悪いと思っている。
でも、自分の気持ちも言った理由も、だれかに話したところでどうにかなるわけじゃない。そう思いながら、遥灯は琥太郎の脇を歩いてスタジオから出ようとした。けれど腕をつかまれた。
「一人で帰れるって」
「いいや、送るから。じゃあね、みんな」
「おつかれー」
そのまま連れ出されるように、琥太朗の車に乗らされた。駐車場まで腕は離してくれなかった。
「はい、どうぞ」と丁寧なエスコートと共に後部座席に座らされる。
外はもう暗い。事務所の駐車場から出ると、明るいネオンや建物から漏れ出す光がぴかぴか光っている。追いかけて来る月を小さな窓から眺めていると、ふいに琥太朗が口を開いた。
「旭羽もね、そうだったよ」
はっとして、琥太朗の運転する姿を見つめた。
「自分がセンターじゃだめ。こたくんがやるべきだって、言われたことある」
あの日以来、セレピが結成されて以来、誰もが口にしなくなった名前を、琥太朗はいとも容易く口にした。
「遥灯くんはさ、この場所は自分のものじゃないって思ってるんでしょ?」
……ああ、どうしてこの人には、全部見透かされているんだろう。的確すぎて、返す言葉がなかった。
「セレピのセンターは遥灯だよ」
ルームミラー越しに目が合う。
“遥灯”と呼ばれた。
「俺でも旭羽でもない。遥灯だから」
それでもなにも言えなかった。琥太朗はラジオの電源を切った。静けさばかりが、二人の間を通る。
「それとも、遥灯の不安と焦りの原因は俺たち?」
「――ちがうっ」
琥太朗はニコリと笑った。
――必ずデビューして。
旭羽の言葉がよみがえる。
――約束は破れない。
あの日、自分がもうステージには立てないと悟った旭羽が、どんな気持ちで言ったのか。そう考えると、胸を焼き焦がすような痛みが広がる。
「大丈夫だよ。外野がなんと言おうとも、俺たちはみんな遥灯くんだけがセンターだと思ってる。遥灯くんがセンターなら、デビューできるって信じてるから」
「こたくんは、悔しくないの」
「なにを?」
ウインカーの音が響く。それはまるで心臓のように、一定のリズムを刻む。
「最年少がセンターで、自分じゃなくて」
「そんなことに悔しがってたら、もうとっくにこんな世界やめてるよ」
琥太郎は笑いながらそう言った。
そうだった。琥太郎よりも下の年齢で、いきなりデビューしたグループもいる。
「遥灯はなにになりたいの?」
窓の外の景色は住宅街へと移ろっていく。
なにになりたい? そんなの、決まってる。
「アイドルになりたい」
あこがれた永久くんのように、演技と歌もダンスもできるアイドルになりたい。それは、それだけは旭羽のものではなくて、自分の夢。
「じゃあ大丈夫。余計なことは気にしないでいい。全部俺が守るから。遥灯はアイドルになればいいよ」
その言葉に、少しだけ心が軽くなった。
余計なことは気にしなくていい。
アイドルになればいい。