「私はあの子のことが好きじゃない、これは違う。……そう言い聞かせるとき、その感情はね、もう恋なんだよ」

 サッと風が吹いたような気がした。特にもやもやしていたわけでもないのに、心の中が綺麗に晴れ渡っていくような気がした。

『好きじゃないと言い聞かせるとき、それはもう、恋』
 亜子ちゃんが言った言葉を、ゆっくりと反芻する。

 ――わたしが、王子くんのことを好き?
 それは、推しとしてじゃなくて、恋愛として?

「好きなんだよね」

 ちがう。そう言いたい。はっきりと、言い切りたい。
 でも、だとしたら今までのことは?

 亜子ちゃんが言うように、ノートを丁寧に書いてみたり王子くんの方を見たり。

 アイドルの王子くんには、あんまり興味がなかったり。
 送られてきたメッセージに反応しちゃうのも。
 王子くんの役に立ちたいと思うのも。

 ――机の上のスマホを見る。電源を点けると、王子くんからのメッセージが表示される。

『今日のテストめっちゃできた!』
『プリントとかポイント、教えてくれてほんとにありがとう!!』

 ――そういう気持ちも思いも、すべて、王子くんのことが好きだからという理由で、簡単に片づけることができる。

 ……わたしは、王子くんのことが好き。

 そう心の中で呟いてみると、胸のあたりが軽く、とても軽くなった。

「……うん」

 そうか。……そうだったのか。
 わたしは、王子くんのことが恋愛として好きだったんだ。