『遥灯くん?』
よみがえる。旭羽の言葉が。
あの言葉を、旭羽はどんな想いで俺に伝えたんだろう。
「……なんでもないです」
『ほんと? じゃあ、またあとでね』
「はい」
電話を切手、それから大きくため息を吐いた。
「俺、なんのためにやってんだろ」
なんで俺、アイドルになりたいって思ったんだろう。
たしかに、小さなころに見た永久くんに憧れた。ああなりたいと、心の底から思った。
でも、いまの自分のままでは、あんな人になれるとは到底思えない。
『遥灯なら、できるよ』
……できるのかな。本当に、俺なんかに。
旭羽の期待には悪いけど、そうは思えないんだ。
自分だけ、何もかも遅れてるから。
晶くんは小さな頃からダンススクールに通っていたから、度肝抜かれるくらいうまい。なのに最初は、それが逆にコンプレックスで手を抜いていた。見抜いたこたくんは、叱った。
智成くんは、プロ意識がすごく高い。クールで冷たい感じがするけどメンバー思いだし。洋服が好きで、衣装にもこだわりがある。
一佳くんは、歌がうまい。ビブラートとか息遣いが上手くて、ギターが得意。弾き語りができて曲も作れる。作詞は驚くほどだめだけど。
中間管理職というけれど、本当は俺たちと年上のこたくんを繋いでくれている、とても優しい人。
こたくんは、俺のことをとても気にかけてくれている。他のメンバーは俺に甘いというけれど、そうじゃないことを知っている。あと、作詞がすごい。綺麗な言葉をたくさん知っている。
でも、俺はなにもない。
俺には、なにひとつない。
センターだけど歌もダンスも全然だめで、よくなんで遥灯がセンターだって言われてきた。
――旭羽。ねぇ、旭羽の方がアイドルだよ。
なにがあっても笑顔を崩さなかったし、かっこいいセリフも照れずに言うし、ダンスも歌もうまくて、ファンの子たちからも愛されていて。
だから知っている。
――本当は、この場所が自分の場所ではないことくらい。
旭羽がいなくなった。
だから、代わりに俺が選ばれた。
セレピのセンターは、本当なら旭羽なのだから。セレピのこの場所は、旭羽のものだから。いくら違うと言われても、それが上辺の言葉だと知っている。
膝の上に置いた台本が、風に誘われてめくれていく。蛍光ペンを引いた場所がやけに目立つ。
『俺じゃない。あの人が必要としているのは、俺じゃないんだ』
その言葉が突き刺さった。あまりにも自分のことを指しているから。
……このセリフを、俺はちゃんと役として言えるのだろうか。
この言葉を口にしてしまえば、それが事実になるような気がしてならない。
『助けて』
この子みたいに、そう口に出せたらどれだけいいだろうか。
またスマホが震えた。
琥太朗からのメッセージだった。
『遥灯くんの好きなお菓子もらった』
続けて写真が送られて来る。
「……ふっ」
……ああ、だめだなぁ。
こたくんはいつも、俺のことをわかってくれてる。
俺が悩んでると、それをわかっているように小さなことくだらないことを連絡してくる。
風が吹く。木立がざわざわと音を立てた。
『努力が報われると信じて、努力するしかない』
逢沢さんに言われた言葉を思い出す。
意味があるのかわからないこの努力が、いつか報われる日が来るのかな。
……やるしかないのか。
いつしか、暗闇を照らす燈が灯ることを信じて。