いつからだろうか。

私は、私じゃないと気づいたのは。


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「空ー?そろそろ起きたらー?」

1階から母さんの声がする。

「起きてるー!」

毎朝、私の朝は憂鬱だ。

チェックのスカートにリボン。

まあ、普通に可愛い制服だろう。

だけど、私は着たくない。

男子のように、ズボンを穿きたい。

自分の体が…

「…気持ち悪い。」

毎朝こんな事を考えてはいるが、

学校に行かない訳にはいかない。

制服を着て、短い髪を整え、

カバンを持ち1階へ下りる。

朝食を食べ終え、なんだかんだ学校へ。



「おはよぉ、空ちゃ〜ん」

眠そうに声をかけてきたのは、琉夏《るか》。

中学校時代からの友達。

今年から高校生になったが、同じクラスだったのだ。

琉夏は可愛くて、ふわふわしていて、ちょっとアホっぽいけど、優しい女の子。

「おはよ、琉夏。今日も眠そうだね。」

「えへへ、どうしても朝は弱くて。」

照れたように笑う琉夏を見て、呆れたように私も笑って見せた。

私はこんな何気ない琉夏との時間が好きだ。

「…あっ、」

話す途中で琉夏は言葉を止めた。

琉夏の目線の先には1人の男子、朝日《あさひ》がいた。

最近、琉夏と朝日は席が隣ということもあり仲良くなったようだ。

朝日がこちらに来る。

「おはよ!琉夏!空も!」

「ぉ、おはよ…!」

琉夏は戸惑いながらも挨拶を返す。

…って、おい。空もってなんだ。「〜も」って。

嬉しそうな顔しちゃってぇ。琉夏め。

朝日が他の男子のところへ行ったのを見計らって、私は琉夏に話しかける。

「まぁまぁ…!嬉しそうな顔しちゃってぇ!」

ニヤニヤしながら琉夏に言う。

「え!?そんな!してない、してない!!」

顔を赤くしながら否定する琉夏に、説得力無いなーなんて思いながら、からかうように笑った。

なんだか、分からないけど意地悪したくなったのだ。

「もぉ!いいから〜!」

怒ったように頬を膨らます琉夏。

私はごめんごめん、と謝る。

*

夏休みの直前、琉夏からあるLINEがきた。

空に相談したいことがある、と。

なんとなく、相談内容の予想はついていた。

だけどその予想が外れる事を、願ってしまう私がいた。

スマホの通知音が鳴る。

画面に目をやると、

『やっぱり私、朝日君が好きなの。それで相談に乗って欲しくて』

…遂にハッキリとした事実になってしまった。

分かっていたことなのに、なんだか苦しい。

先を越されて悔しい?彼氏優先になってしまいそうで寂しい?

どれも当てはまっていて、

どれも少しづつ違った。

LINEでさえもいつものように返せる気がしなくて通知で内容だけ見てスマホをベッドにほおり投げた。

でも、このまま放置する訳にもいかない。

何故か私は意を決して返信する。

『おぉ!やっとかぁ〜 もちろん!』

こんな感じかな…?うん、大丈夫だ。きっと。

すぐ返信がきた。

『ありがとう!やっぱり空ちゃんに相談してみてよかった!』

驚いたのはその後だ。

『私、夏休みの前に告白しようと思うの!』

…え、告白…?

この文を見て私は急に焦りが出た。

もし、成功してしまったら?

嫌だ!成功しないで…

最悪な考えが浮かび、自分でもショックだった。

親友の恋は応援しなきゃ…

私は

『頑張れ!琉夏なら大丈夫。』

と送った。


*


相談に乗ってから1週間が経過した。

夏休みに入った。

そして明日の夏祭り、琉夏は朝日に告白する。

『明日、頑張ってくるね!』

意気込む琉夏に、

私は空っぽのエールを送るしか無かった。

あぁ、なんなんだ。

自分が分からなかった。

次の日。

家で夕食を食べ終えてテレビを見ていた。

テレビの中継では夏祭りの様子が映されていた。

はしゃぐ子供、腕を組み歩くカップル、家族連れ。

「…琉夏」


私は家を飛び出した。

何が目的なのかもわからず、

母の呼び止める声も聞かず、

本当に自分でも分からないんだ。

ただ、ただ、琉夏に、

「…会い、たい」

走って走って走って走って。

着いたは良いものの、

琉夏を見つけるのは大変だ。

膝に手を置き、肩で息をする。

「…空?」

顔をあげると、そこには琉夏がいた。

「ちょ、どうしたの!?すごい息きれてるじゃん!」

心配してくれる琉夏を見るが、

浴衣姿も可愛いななんて思ってしまう。

「いや、やっぱり、祭り行きたいなって思って…」

息を整えながら答えた。

琉夏はほっとしたように胸を撫で下ろす。

琉夏が口を開く。

「良かったぁ、びっくりしたよ!…あ、あのね!…」

琉夏の後ろから誰かが来た。

「空?空も来てたんだ。」

朝日だった。嬉しそうな顔だ。

すると琉夏が言った。

「私たち、付き合うことになったの!!」

あ、

遅かった……。遅かった…?

私は、琉夏に何を伝えに来たんだ…?

琉夏からの感謝の言葉も、

私の頭には入ってこなかった。

「それで…!っ空!?どしたの!?」

「…?」

私は、笑っているのに。

琉夏は焦った顔をしている。

口にしょっぱさが広がる。

私は、泣いていた。

「え、と。あ、なんでもない…」

泣いてる理由が見つからない。

なんで…

言い訳を探していると、

花火が上がった。

「あ!花火… 」

明るい声を作った。心配させたくない。

「空…」

「安心したんだと思う!だから、泣けてきちゃった」

私は、幸せになってね!と言い走ってその場を離れた。

花火を見て立ち止まる人混みを掻き分けて走った。

涙が止まらない。

祭りの賑やかな音が遠のいて、

私は1人、静かな道に立っていた。

「うぅ…」

嗚咽が漏れる。

そっか、好き、だったのか。

今更になって気付いたことにも腹が立った。

「私…、俺は…!」


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物心着いた時から、

思い返せば男の子の物が好きだった。

ランドセル、文房具、服…

初めて好きになったのは琉夏。

女の子だった。


家に帰って、ネットで調べた。

『LGBT』 『性同一性障害』…

様々な物があり、

結構同じような人が沢山いることを知った。

色々と納得した気がした。

「これからどーしよ…」

考えても、考えても、何も浮かばなかった。

頬には、涙の跡があった。