初めて彼を接客した日のことを今でもはっきりと覚えている。当時彼の買っているタバコは三十番ではなく十五番に位置していたが、その日彼は私の後ろに陳列された何種類ものタバコを見て、「あ、切らしてる」とだけ呟いて、お弁当のみを差し出してきた。当時の私はまだ新人で右も左も分かっていなかったけれど、彼の求めるタバコが棚に並んでいないということを察することくらいはできた。タバコというものは基本的には大量のストックが備えられていて、その瞬間たまたま売り場に置かれていなくても在庫は残っているものだ。新人ではあったけれどそれくらいの知識は当時の私にもあった。だから「何かお探しですか?」と彼に尋ねたかったし尋ねるべきだったのだ。だけどもちろん当時からそんなことができるタイプの人間ではなかった。するとそんな私を見るなりおじいさんは、「気が利かん若者だ」と、こちらに聞こえているとも知らずに暴言を吐いてきた。そんなおじいさんに腹が立ったから彼らが特別になった訳ではない。理由は守さんがおそらく生業にしている仕事に私が勝手に興味を持った、というもの。
今日もそうだったけど、毎度のことながら彼が持っている高そうな革製の鞄からは無造作に入れられた資料たちが頭だけひょっこりと覗かせている。あの日もお弁当だけ差し出してきた彼の右手に抱えられた鞄の中身が少しだけ見えていた。事実確認をしていないので正確な情報ではないけれど、おそらく彼は途上国へのボランティア事業に携わっている。こんな私でも、大きくなったら世界中の人を笑顔にしたいと、そんな壮大な夢を持っていた時代があった訳で、その時の気持ちがあの日あの瞬間だけ、彼の鞄の中から呼び起こされた。だからといって何か行動を起こした訳でもないし、普通に接客を終えて彼らを見送っただけだったけれど、それでも今の私にはないキラキラとした昔の気持ちを思い出させてくれたというだけで、あの日から彼らは少し特別になった。

