「あの人どこ行ったんだろう」
碧斗君の言葉で守さんの存在を思い出す。そういえば階段で彼の後ろ姿を見失ってからというもの一切姿が見えなくなっていた。
「もしかして守さんも幽霊だったとか」
半分以上冗談のつもりだったのに、口に出した途端に恐怖心と寒気が私を襲った。きっと全てこの店の雰囲気と空気のせいだと思う。ブルブルと震え出す脚に力を入れて何とか正気を保つ。
「ははっ、そんな訳ないでしょ」
横から聞こえる優しい笑い声に胸を撫で下ろした。その声の主こそ幽霊なのに、やはりこの空間でも彼の存在はちっとも怖くなかった。
「ここには今、わしとそこの青年以外の霊はおらん」
ステージの奥の方から渋い声が放たれた。私のことを『気が利かない若者』と思っている人の声に違いない。
「じゃあ僕らをここに呼んだ人間はどこに行ったんですか?」
碧斗君が少し語尾を強めてそう言うと、今度はカウンターの奥から声がした。
「まぁ俺が呼んだのは溝口さんだけだけどね」
ファイルを片手に姿を現した守さんはスエットから着物に着替えられていた。そしてそれは彼の祖父が普段から着ているものとよく似ていた。
私の頭には再度疑問符が浮かぶ。彼らは何者で、私は何のために呼ばれたのだろう。次々と浮かび上がる疑問に追い打ちをかけるようにして、守さんの後ろから二人の人間が姿を現した。一人は五十代後半から六十歳くらいの優しい表情の男性で、その人は脚が不自由なのか車椅子に座っている。そしてもう一人は、彼と同じくらいか少し年下の上品そうな女性だった。二人は夫婦だろうか、彼の座る車椅子を彼女が押している。
いつの間にカウンターに移動していたおじいさんと守さんたちが一列に横並びになった姿を見て気づく。これが一つの家族だと。車椅子のおじさんは守さんの父親で、そんな彼を支えるのが母、そして二年前に亡くなったという祖父。なるほど、彼らは東堂一家ということか。そうやって一度はスッキリした気分になったが、すぐに疑問符は私の頭上に舞い戻ってきた。なぜ私は、彼らに呼ばれたのか。ここで、何が行われるのか。一つずつ丁寧に説明してもらわなければならない。