約束の時間が近づき目的の場所まで向かっていると、さすがに少し怖くなってくる。こんな時間に外を出歩くことなんてないし、何より知らない場所へたどり着く知らない道のこの暗がりがとてつもなく不気味に思えた。スマホの画面の明かりがさらに気味悪さを増幅させ、やっぱり彼の言う通りやめておけば良かったかもと少しだけ思った。それでも一連のやり取りを思い出すと怒りはまたすぐに蘇り、その怒りに後押しされるように腹をくくって一歩ずつ足を前に進めた。

 なんとか所定の場所にたどり着くと、そこにあったのはごく普通の定食屋だった。店内を真っ暗に染めたそのお店の看板には『東堂屋』と書かれている。

 「東堂って、あの人の名前だよね」

 突然背後から放たれた声に驚いて腰が抜けそうになった。聞き慣れたその声の主は私の横に並ぶと、「あの紙見せて」と不機嫌そうに言う。例のメモ用紙をポケットから出すと、そこには小さく『B1』と表記されていた。

 「地下みたいだね」

 言われるがままに地下に続く入り口を探していると、また背後から今度は先ほどとは違う声がした。アドレナリンが出ていたのか今度はあまり驚くことなく振り返ると、

 「入り口はこっち」

 そう言って守さんはそのまま奥へと歩き出した。十秒ほど進んだところに小さな立て看板が置いてあり、その奥には地下へと続く階段が見える。何も言わずに階段を下りていく守さんの背中が見えなくなり、慌てて跡を追う。

 「芽依ちゃん、これ見て」

 急ぐ足を慌てて止めると、彼は階段の前に立てかけてある看板を見つめていた。看板には、地下にあるお店の名前だと思われる『goodyy-base』という馴染みのない名前が書かれていた。

 「これ、英語?じゃないよね」

 私の言葉に彼も不思議そうに頷く。そんな不思議な店名の下に並ぶ小さな文字たちが私たちを歓迎しているような気がしたのは、深夜だけにある独特の変なテンションのせいだろうか。

『あなたの大切な人の話、全部聞きます』

 私は今までに感じたことのない心臓の鼓動を感じながら、木嶋碧斗と共に一歩ずつその扉へと足を動かした。