雨の強さとは関係なく客足は増え、それからの時間はあっという間に過ぎていった。磯村君の元気な声を聞きながら私も淡々と業務を熟し、気が付くと時刻は勤務終了時間を五分ほど過ぎてしまっていた。急いでタイムカードを打ち、着替えを済ませてから磯村君を見送ると、すぐに大通りへと向かった。

 久しぶりに通る道はこの時間でも十分に明るかった。街灯はもちろんだが車通りも多く、人の数は疎らでも賑やかに感じられる。いつの間にか止んでいた雨がこの数時間のうちに道路を湿らせてくれたおかげで、高い湿度が蒸し暑さを強調させた。

 「あの人、やっぱり知り合いだったんじゃん」

 守さんが帰ってから彼は私に話しかけてこなかった。たとえ話しかけてきていたとしても、今日の忙しさでは反応することはできなかっただろうけど、私は彼が機嫌を悪くしているのではないかと不安に思っていた。だから今、内容はどうであれ彼から話しかけてくれたことに内心ほっとする。

 「知り合いではないんだけど……」

 どう説明したらいいのか分からず私が言葉を詰まらせると、彼が「でも名前知ってたよね」と拗ねたように言う。やっぱり少し怒っているのだろうか、全然こちらを向かない彼に対して、私も前を向いたまま会話を続けていく。

 「それはおじいさんが彼をそう呼んでるのを聞いてたから。だから私が勝手に知ってただけ」

 「ふーん」

 あまりの反応の薄さに段々と腹が立ってくる。自分から言ってきたくせにと言おうとしたところで、手を入れていたポケットの中に例のメモ用紙があることに気づく。いけない、喧嘩を始めている場合じゃない。少し皺になったそれを取り出すと、再び彼から口を開いた。

 「それ、どうするつもり?」

 「うーん、どうしようかなぁ」

 そう言ったものの、正直私の心は決まっていた。それはあの二人が私にとって特別な存在だからなのか、理由は定かではないけれど、私の中に行かないという選択肢はなかった。だけどどうやらそんな私とは真逆の考えの彼は、「絶対行かない方がいいね」と言い切った。

 「なんで?」

 「なんでって……あの人知り合いじゃないんでしょ?どう考えても危険すぎる」

 「知り合い……ではないけど。でも、なんか困ってそうだったし」

 「そうかな?ずっと笑ってたよ。困ってる風には見えなかったけど」

 これじゃ埒が明かない。私が何を言ってもきっとこの人の考えは変わらないだろう。じゃあ私が折れるか?いいや、そんなことはしない。ここまでくると私にも意地が出てきたようだ。

 「私一人で行くから碧斗君は家で待ってて!」

 怒りをぶつけた私の一言で会話は終わり、家に着くまでどちらも口を開くことはなかった。