昼過ぎに到着してから数時間、私は何も買わずに館内をただぶらぶらと歩いて過ごした。途中一度だけカフェに入りコーヒーを飲んだけれど、とにかく周りの視線が気になってもちろん彼との会話を楽しむことなんてできなかった。一刻も早く去りたい思い、猫舌を我慢して熱いコーヒーを必死にがぶ飲みすると、可笑そうにクスクスと肩を揺らす彼がいて、それはそれでなんだか幸せだと思ってしまった。こういう何気ない時間を私はどこかでずっと求めていたのかもしれない。

 幸せが過ぎるのは圧倒的に早く、気づいた時には外はすっかり夕方になっていた。大きなガラス窓から差し込む夕日を感じると、足先は自然と出口へと向かい始める。

 「あの花屋って昔からあった?」

 突然の問いにピタっと足を止める。するとそこには見たことのない小さな花屋があった。

 「どうだろう。少なくとも私が行ってた頃にはなかったと思うけど」

 「そっかぁ。——素敵な花屋だね」

 『感慨深い』という表現が合っているのか定かではないけれど、そんな表情をする彼を私は今日初めて見た。