「え……? あの」
「知らない? 指切り」

 ――いや、そういうことじゃなくて。
 ヤナさんの小指と彼の顔とを見比べながら戸惑う。

「こうするんだよ」

 差し出された小指が、私のそれを掬った。小指同士がそっと絡まる。
 つながった指先から、心臓に向かって熱が伝播していくみたいだった。
 
「……約束したからね。演技中は、それだけに集中する」
「は、はいっ!」
「うん。いい返事だ」

 小指が解かれて寂しさを覚えたのもつかの間。
 今度はその手が私の額に延びて。優しく撫でるように触れた。
 ――いつかをなぞるように。優しく、温かく。

「……ヤナさん」

 心臓がきゅんと切ない音を立てた。
 もう一度触れてほしいと願った指先の感触に、胸がいっぱいになる。
 これは夢?
 頭を打ったから、私の脳が自分に都合のいい幻覚を見せている、とか?
 ――それならそれでもいいから、今だけ時間が止まればいいのにと思った。
 そうすれば、この温もりにずっと浸っていられる。
 彼の優しい眼差しと微笑みを独占できるのに……。

 ときめく時間に割って入ったのは、ノックの音だった。
 ヤナさんの手が私の額からぱっと離れる。

「失礼します」

 控えめな声とともに、そっと扉が開いた。

「柳田さん、監督が呼んでます」
「すぐに行きます。……あと、すみませんが榎原さんのマネージャーさんを呼んで頂けますか。彼女、意識回復したので」
「はい」

 簡潔なやり取りのあと、スタッフさんが扉を閉めた。
 ヤナさんは椅子から立ち上がり、自分のヘルメットを長椅子から拾いつつ、申し訳なさそうに小さく息を吐いた。

「ごめん、そろそろ行かないと。くれぐれもお大事にね」
「あっ、ヤナさん――」

 扉に向かう彼の背中に呼びかける。

「ありがとうございました!」

 彼だって自分の仕事があるし、そちらに集中したかったろうに……私のそばについていてくれた。
 なぜ出番を控えた彼が私の様子を見に来てくれていたのかはわからない。
 けど、ヤナさんが優しく励ましてくれたから、激しく落ち込まずに済んだのかもしれない。
 お礼を言うと、彼は振り返ってにこっと笑った。
 やっぱりヤナさんは私のヒーローだ。
 恵里菜さんは、私に「諦めて」って言っていたけど……到底、できそうにない。
 ヤナさんが好き。彼と一緒の時間を過ごすたびに、その気持ちは確実に大きくなっている。
 
 ――その後、マネージャーと病院を受診した結果は軽い脳震とうということだった。
 幸いなことに後遺症なども残らず、次回の撮影からは通常通り参加させてもらっている。
 敵役のスーツアクターさんからは平謝りされたけれど、今回の怪我は百パーセント私の不注意が原因だ。逆に、私は彼や他のキャスト、スタッフに改めて謝罪したのだった。