「でも今日は結構ハードだったから、相殺できるんじゃない?」

 つぼっちさんのさらに右どなりにいるのは、涼し気な目元が特徴的な線の細いイケメン。その伊織くんが、王子様みたいな微笑を浮かべて言う。
 確かに。今日は途中ロケ場所を変えての長丁場だったから、そこまで気にしなくてもいいのかもしれない。

「そうかもしれませんね。じゃ、カシスミルクとか呑んじゃおうかな」
「いいんじゃないかな。あたしも、二次会からは甘いの解禁にするって決めたから!」

 左どなりから心強い宣言が飛んできた。恵里菜さんだ。
 黒髪のショートカットは、明朗快活で健康的な美しさのある彼女の雰囲気によく似合っている。
 言われてみれば、スタッフさんたちのいた一次会で、恵里菜さんはずっとハイボールを飲んでいた。私と同様に、糖質の低いものを選ぶ習慣が身についているからだろう。

「俺たち、今日はめちゃくちゃ頑張ったからそれくらい許されるだろ。じゃみんな、ドリンクも揃ったことだし――」

 明るく後押しをしたあと、ヤナさんが軽くグラスを掲げた。

「今日も無事撮影終了ということで、改めて、お疲れさまでーす」
「お疲れさまでーす!」

 彼の号令に合わせて私たちもグラスを高く掲げ、二回目の乾杯をした。
 本日何杯目かのウーロンハイを喉奥に流し込みながら、そっとヤナさんに視線を向ける。
 彼のグラスの中身は、いつもレモンサワーだ。
 どうして他のお酒を飲まないのか聞いたことがある。
 「クエン酸は疲労回復効果があるらしいから、おまじないみたいなもの」と笑っていたっけ。
 今や勇敢さや凛々しさの象徴である彼から「おまじない」なんて少女が言うみたいな台詞が聞けるとは思っていなかったから、可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
 それから、グラスを支える彼の長く骨ばった指先をじっと見つめる。縦長の爪は短く切りそろえられていて、手のひらは私よりも一回り大きい感じがした。
 ……その手が優しくて温かいことを、私はよく知っている。
 あぁ――いったいいつから、こんなにもヤナさんのことばかり考えるようになってしまったのだろうか。
 でもそれは当たり前のことなのだ。ヤナさんは、私を救ってくれた恩人なのだから。