「あの、ヤナさん」

 ありったけの勇気を振り絞ってそう呼びかけた直後、

「ごめ~ん、戻りましたー」

 ――電話を終えた恵里菜さんが戻ってきてしまった。

「おかえり」
「……お、おかえりなさいっ」

 いつの間にかかなり前のめりになっていた姿勢を正して恵里菜さんのほうを向いた。そして取り繕うような笑みを浮かべる。

「あ、ごめんね。話ぶった切っちゃった?」

 私が言葉を詰まらせる様子に、恵里菜さんはアイブロウペンシルできれいに描き足された眉をすまなそうに下げた。

「いえ、全然」

 私は慌てて両手を振った。事実、出鼻をくじかれたと思っているのは私だけだ。ヤナさんのほうは、まさかこれから告白されるかもなんて思いもしなかっただろう。

「あれー? つぼっちさんに伊織くんは?」
「それが、つぼっちさん酔いつぶれちゃったみたいで――」

 恵里菜さんが姿の見えないふたりを気にして訊ねると、ヤナさんがトイレの方向を示して言った。
 せっかくのチャンスなのに残念だと思う反面、その場の勢いで告白なんてしなくてよかったのかもしれない、とも思う。
 撮影の終盤までまだかなり時間がある。ここで衝動に任せて想いを伝えて玉砕したら、以降の撮影が気まずくなってしまう。それは避けたい。
 だからこれでよかったのだ。私にとってヤナさんは振り向いてほしい人である以前に、仕事仲間であるということを忘れてはいけない。
 つぼっちさんと伊織くんが戻る間、私たちはお酒のグラスを傾けながら当たり障りのない会話で盛り上がったのだった。