──カラン、カラン。
 私の手からナイフが床へ落下する。
 いや、落下したのではない、自らの意思で床に落としたのだ。

「龍二、龍二。ごめんなさい、本当にごめんなさい。私、なんてことをしようと……」
「いいんだよ、もう、いいんだ、神楽耶。キミに涙は似合わないよ」
「バカな、なぜ、妾の力が破られたのじゃ。魔性の力は絶対なる力、それが破られるなど……」

 私は龍二の手を握り、声の主……自分の母親へと視線を向けた。
 それは冷たいモノではない。温かくて強い視線である。
 魔性の力はお母様の言う通り、人心を傀儡にする脅威の力。でも、本物の愛を前にしては、まったくもって無力となる。

「お母様、約束です。私は龍二の元へ帰ります。この国において、契約というのは、絶対なモノでしょう?」
「くっ、確かにそうじゃが、妾は地球に帰すとは、ひと言も言っておらぬぞ?」

 それはお母様の屁理屈よ。どうして、素直になれないのかしら。自分が負けたと素直になれば……。まさか、私が素直になれなかったのは、お母様譲りってことなの。

「では、どうすればよいのですか? まさか、龍二にこの国で暮らせとでも、仰るおつもりではないでしょうね」
「そのまさかじゃよ。龍二、とか言ったな。お主にすべてを捨てでまで、神楽耶とこの地に残る覚悟があるのかい?」

 酷い、なんて酷いのお母様。龍二には、家族も友だちもあの地球にいるというのに。契約が絶対なら、彼の心を揺さぶって別れさせるつもりなんだわ。

「エム女王でしたか。僕は、神楽耶といられるなら、地球に見れんなどありません。ですから、僕と神楽耶を認めてください。お願いします……」

 なんで、頭をさげるのよ、龍二。だって、お母様はアナタを殺そうとしたのよ。そんな人に下げる頭なんてないはずよ。どうして……。