「今から歩いては遅刻してしまいますよ。僕の車ならギリギリ間に合うと思うんですけど」
「そう、分かりましたわ。それでは、乗せてもらいましょうか。その代わりに……アナタと同じ空気は吸いたくないの。ですから、アナタは走って高校まで来てくださいね?」

 この男はすでに、魔性の力で傀儡にしてるのよ。便利な力だけど、その代償で勝手に言い寄って来るのが邪魔なのよね。

「でもそれだと、僕が遅刻してしまうんですけどっ。はっ、これは、ツンデレというやつですね。仕方ありません、か弱い女性のため、この僕は敢えてイバラの道を行きましょう」
「だ、誰がツンデレよっ、誰がっ!」
「恥ずかしがらなくていいんですよ。さっ、僕は降りますので、お嬢さんは……って、名前聞いてもいいですか?」

 なんなのこの男は……。マイペースというより、なんで私の魔性が効いてないのよ。おかしい、おかしすぎます、こんなの絶対におかしすぎますからっ。

「名前なんて教えるわけありませんわ。だって、愚民に教えでもしたら、この『月姫神楽耶』の名が穢れるもの」
「へぇ〜、月姫神楽耶さんって名前なんですか。僕は神城龍二、龍二って呼んでください」
「……わざと、わざとですからねっ。決して墓穴を掘ったわけじゃ、ないんだからっ」
「面白い人ですね、では、車の中へどうぞ。僕は走って学校まで行きますので」

 龍二なる男の代わりに私は車へと乗り込んだ。その男は……龍二は、車の後ろから猛スピードで走り出す。

 だけど、人のスピードが車に勝てるはずもなく、龍二はあっという間に姿を消した。

 消したはずなのに……。

「神城、龍二、か。不思議な人ね、同じ高校ならまた会える、かな。って、ち、違う、私はあんな男なんて……」

 熱くなった顔はきっと車内の温度が高いせい。そう言い聞かせ、到着までの五分間を静かにしていた。あの男が頭から離れずに……。