私はしばらく状況が飲み込めず固まってしまった。












そっか、











もう来てくれないのか














「あ、すいません、
もう1人これなくなってしまったので今日は帰ります。
コース料金おいくらでしたか」

私は無感情のままウェイトレスを呼び寄せて

お会計をしようとする。




 






財布から一万円を出そうとした時
















「え」と言う男の人の声と共に腕を掴まれた。

















「なんで食べてかないの」

2割の驚きが混じったような真顔で

私の腕を掴んだのは少し無愛想なシェフだった

「あ、彼氏が来れなくなってしまったので
1人で食べても意味ないし帰ろうかと。
準備していただいているのにすみません」

「それはさっき聞こえてた。
1人でも食べていけばいいじゃん。」

「いや、でも…」

「絶対幸せになるから。味は保証する」

表情は変わらないまま

淡々と話すシェフだったけど

最後の言葉を発した時は

真剣な眼差しで

私は目を逸らすことができなかった









「あ、じゃあ…」

シェフの強い眼差しの圧に負けて、気付けば

ご飯を食べることを了承してしまっていた。









そんな気分にはなれないのだけれど…







シェフは私の了承を得るとすぐにキッチンへ戻っていった。




横を見るとさっきまでいた2組のカップルは

気づかぬうちに帰っていたようで

ここのお店のお客さんは私だけになっていた。



再びキッチンに目を戻すと

カウンター席であるおかげで

シェフが手際良く調理しているところがよく見えた。



トントントントンと

規則正しく包丁で食材を切る音だけが店に鳴り響いて心地良い。