葵が帰ってくる。
そのことを聞いたのは、大学の時の友達からだった。

葵とは高校と大学が一緒で、いわゆる親友というやつだった。だけど、俺は葵に恋をしていた。

今も、している。


そんな親友の帰省をなんで友達伝いで聞いたのかと言えば、葵が就職に際してこの地を離れるときの出来事が、俺たちに混乱を与えたからである。いや、混乱したのは俺だけか。あの時の葵の真意がわからないまま、もう三年が経つ。なんとなくギクシャクして連絡もそんなに取らなくなった。帰省の連絡すらもしてもらえないほどに。


三年前、この地を離れる葵を、俺は近所のバス停まで見送った。あの日のことは一生忘れないと思う。 よく晴れて暖かいうららかな春だった。

「元気でやれよ」とか「しんどい時は連絡しろよ」とか親友らしい言葉を掛けていたような気がする。親友というポジションの居心地がよくて、それを守るために、自分の恋心を隠していたのだ。

葵は俺の言葉に分かってると笑い、そしてその後、何故か俺にキスをした。

一瞬何が起こったのか分からなかった。唇に感じた感触は、想像していたよりも柔らかかった。

葵はそれからすぐに来たバスに乗って、行ってしまった。


結局そのキスがなんだったのかは分からない。
それを本人に聞く勇気もない。

ただ、毎朝バス停の前を通る度、その時のことを思い出す。そのせいだろうか、葵と会わなくなって三年経っても恋心は依然として消えそうにない。


葵が帰ってくるという日、俺はバス停に向かった。一応親友として、迎えに行く権利はあるはずだ。それと、あの時の真意を聞く権利も。

この三年間聞きたくてたまらなかったことをそのままにして、葵をまた送り出すことになったら、俺はこれから先もきっと悩み続けるしかなくなってしまう。それはもう辛抱ならなかった。


バスを降りた葵は俺を見つけてとても驚いた顔をした。少し大人っぽくなったその姿は、それでも昔と変わらずかわいかった。

「え、蓮なんでいるの……?」
「葵が今日帰ってくるって聞いたから」

質問に正直に答える。なんで俺には連絡してくれなかったんだ、という気持ちが滲んでしまわないように、笑って答えるようにする。

「あ、そうなんだ! まさかいると思ってなくてびっくりした! 久しぶりだね、元気してた?」
「俺は元気だよ。葵は?」
「私も元気!」
「そっか、安心した」

やっぱり親友だからか、会ってしまえば意外と普通に話せた。でも本題はここからだ。


「俺さ、葵に聞きたいことあるんだよね」

少し唐突に切り出してみた。葵は不思議そうに俺を見上げてくる。


「あの時、なんでキスしたの?」


思ったよりも切実そうな声になってしまった。自分の表情は見えないが、悲しげなんじゃないかと思う。一瞬ハッとした葵は、視線を俺から逸らし、バス停のベンチにストンと座った。

「あれはね、呪いだよ。私はずっと蓮のこと好きだったし、蓮も私のこと好きだったでしょ?」
「……気づいてたの?」

急に出てきた不穏なワードよりも、そっちの方が引っかかった。
恋心を隠せてなんかいなかったのだ。

「気づかないわけないじゃん! 私は蓮が告白してくれるのずっと待ってたの。でも、蓮は何も言わずに私のことを送り出そうとした。それが悔しかったんだよ。だから蓮に呪いをかけた」
「呪いって?」
「蓮がいつまでも私を忘れられないような呪い。蓮は毎日このバス停の前を通るだろうから、ここを通る度に私のことを思い出すようにって思ってキスしたの。……だからあれは呪い」

分かるようで分からなかった。

でも二つ分かったことがある。
一つは葵が俺のことを好きだったということ、もう一つはよくある物語に照らし合わせれば呪いを解くためのキスもあるということ。

俺は、葵の目を見つめた。葵もきっとそれを望んでいるのだと分かった。

そっと顔を寄せて、優しくキスをした。葵の唇はやっぱり柔らかかった。少しして離れると葵はふふっと笑った。

「呪いが解けたね」
「いや、逆に常に葵のことを考える呪いがかかっちゃったかもしれない。葵って実は魔女?」
「ふふ、そうかも」

俺たちは二人しかいないバス停で大きな声を出して笑った。そしてそれからまた、優しいキスをした。


fin.