あの春を、もう一度。

伸ばした指先から、ほんの一瞬、人影が現れた気がした。

曖昧なのは、直後に強い風が吹き付けて、辺り一面を桜の花びらが覆ったから。

風が止み、淡いピンク色一色だった空間が、少しずつ本来の色を取り戻す。

目の前に温かい気配が迫って来て…。

「春野」

今度は、はっきり見えた。聞こえた。

寝癖のついたほんのり茶色がかった髪の毛、意外と白い肌、優しい眼差し、聞き慣れた柔らかい声色…。

「青井、先輩…?」

間違えようがない。それでも自然と疑問系になってしまったのはきっと、雰囲気が変わったから。

あのやんちゃな雰囲気は薄れて、どことなく大人っぽさを醸し出している。

「先輩………っ!」
「また遅刻しちった?」

そう言って笑う顔は、私の大好きな無邪気で明るい太陽のようなままだった。

私は、ふるふると首を左右に振る。

「滑り込みセーフです」

それから、私もつられて微笑む。

そんな私の姿を見て、先輩は安堵したように息をつき、「良かった〜」と、その場に座り込む。

「忘れられてたらどうしようかと思った…」

私も先輩の隣に腰を下ろす。

「言い逃げなんてさせませんよ」

私の呟きに、先輩がこっちを見る。

隣に先輩がいる。手が触れ合いそうな距離に先輩がいる。

そんなこと、以前は当たり前だったのに、なんだかむず痒い。

「それに…、私も言いたかったんで」