魔女のはつこい

「あ、アズ…。」

アズロの身体が覆いかぶさっているせいで、ソファに押し込まれるような体勢になっている。抱き合うのとは違う雰囲気の近さにセドニーは緊張から混乱が生まれて目が回りそうになった。

「セドニー、俺の魔女。これで本当に俺たちは対として共に立つことが出来る。」
「う、うん…。」
「だから絆をより確かなものにする為に…。」

囁くような声がセドニーの耳元で彼女の感覚を奪っていく。セドニーの心臓が早鐘の様になっていることはアズロは気が付いている筈だ。押し返したいわけじゃない、何故だか縋りつきたくてセドニーはアズロの身体に触れた。

きっとそれがアズロの中の着火剤だった。

「っひゃあ…っ!」

アズロがセドニーの首筋を舐め上げると反射的に声が漏れる。

「今からセドニーを俺の物にしていいか?」
「い…っまから…ですか?」
「ああ、今からだ。」

混乱のあまり思わず敬語になってしまったセドニーにアズロもつられて笑ってしまう。耳元で囁く声は自然といつもより低くなり、それがまたセドニーの感覚を昂らせた。セドニーにはしっかりアズロの言葉の意味が伝わっていたのだ。アズロの求めているものが自分自身だと思うだけで全身が急激に熱を帯びた。

「い、今から…は、その、えっと。」
「いいだろう?セドニーもさっきから俺の首に手を回して放してくれない。」
「えっ!?」

笑い声交じりに告げられた事は確かに事実だった。縋る様に求めた先はアズロの首で、相変わらずセドニーはしっかり腕を回したままだったからだ。思わず手を放してみても二人の密着した距離が開く訳ではない。

満足そうにアズロはその頭をセドニーの頬に擦り付けて求愛行動を続ける。強引に、でも少しずつ足を進めてセドニーと触れ合う面積を広げていった。

「あ、アズロ…っ!」
「拒んでくれるなよ?俺はもう止め方を見失っている。」
「~~っそんな…言い方!」

挑発するような口ぶりにセドニーはじわりと涙を浮かべて首を横に振る。もう駄目だ、思考が全く動かない。でもこれだけは知られている。

セドニーは嫌がってはいないのだ。

「セドニー。不思議なものだ、俺も今は貴女の気持ちがよく分かる。態度だけじゃなく言葉が欲しいと…俺も人間に詳しくなってきたな。」
「…私もアズロの気持ちが分かるよ。言葉に出すのは、恥ずかしい…っ。」
「はは、そうか。じゃあ態度で示してくれ。」

それだけで俺には分かる。アズロの声が魔法の様にセドニーの心を惑わせた。いや少し違う、導いたという方が正しいだろう。

「…アズロ。」

震える声で名前を呼ぶとセドニーはもう一度彼の首に両手を回して抱き着いた。今度は少し力を入れて、気付いてほしいという願いを込めて彼の首元に自分の顔を摺り寄せる。

「ああ、分かった。」

そう言うなりアズロは姿を再び人間のものに変えてそのままセドニーを抱き上げた。寝室へと向かう途中で鼻をかすめたのは沢山買い揃えた料理たちの匂いだ。

「…後でお祝いしてね。」
「勿論だ。それに今からも祝いのようなものだ。」
「アズロの馬鹿。」

軽々と抱き上げるアズロの腕からは抜け出せそうにない。それでも嬉しい気持ちが勝っているからセドニーはそれ以上何も言うことが出来なかった。アズロが不意に頭にキスを落とす。それがまたセドニーを笑顔にさせることを彼も知っているのだろう。

アズロの部屋のベッドにセドニーを座らせると彼は視線が合うように屈んで両手を取った。

「セドニー、俺の魔女。」
「アズロ…私の魔獣。」

口にすればするほど自分の中に深く沁みこんでいく感覚だ。二人は見つめあって微笑むと互いの額を合わせた。

「好きだよ。」

二人の声が重なる。二人の唇が重なる。二人の影が重なる。
魔女と魔獣の甘い生活はまだ始まったばかりだ。



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