魔女のはつこい

ダンスを踊るように飛び回る風の精霊の様子を見ていると、セドニーもいつの間にか少し身体を起こして周りを見ることが出来た。

相変わらず両手はアズロに触れていないと怖かったが、胸も顔もしっかりアズロに引っ付いていないといけない状態ではなくなった。今のセドニーはお腹を少し上げても大丈夫な気がする。

「…手伝ってくれてるのね…ありがとう。」

セドニーがそう微笑めば風の精霊たちもニコリと笑った。アズロや精霊たちのおかげで落ち着きを取り戻してきたセドニーはより鮮明に向かうべき方向を掴めたようだ。

不思議だ。手にしていないのにカバンの中にある水晶玉と思いを繋げることが出来る。自分の頭の中で占いが出来るなんて知らなかった。これもきっと水の精霊が力を貸してくれているからだと感じてセドニーは微笑む。

「アズロ、このまま真っすぐ向かって。」
「分かった。」

セドニーの導きに従いアズロはどんどんと目指す場所へ進んでいく。進めば進むほどセドニーの声に緊張の色が混ざっていることをアズロは気が付いていた。しかしいつからかその色は戸惑いと期待に満ちたものも含んできたことに不思議に思う。

「セドニー、どうかしたか。」
「うん…。」

セドニー自身もうまく考えがまとまっていないのだろうか、何度か同じ問いを繰り返しようやくセドニーは確信を得たようで違う言葉を返してきた。

「セドニー?」
「うん…多分だけど、私この目的地を知っている気がする。」
「知っている?」
「というか…知り尽くしてる。」

どういう意味だ、そんなアズロの問いにセドニーはまた口を閉ざしてしまった。どうやらその先はまだ言葉に出来にくいらしい。そこから少し進んだところでセドニーはアズロに声をかけた。

「アズロ、あの村の外れで下ろしてくれる?」

控えめにそう言ったセドニーに従い、アズロはようやくその足を地面につけた。そしてセドニーが背から降りたことを確認すると自身の姿を猫の物に変える。

「あっ!…ありがとう。」

人里だから姿をわざと猫にしてくれたのだと悟ったセドニーはすぐにお礼を伝えた。アズロは笑みを浮かべて顔を上げるだけで答え、さあ進めと視線を村の方へ向ける。

改めて村を見つめたセドニーが息を飲んだことが伝わってきた。

「…アズロ、多分ここにあるの。」

すがるような声だったがセドニーの視線はずっと村に向けられたままだった。緊張の色が濃くなっているのが伝わってくる。

空を飛んでいるとき、少しだけ慣れてきたセドニーがアズロに卒業試験の内容を教えてくれた。それは師匠が隠したというウサギのぬいぐるみを探し出し、明日の昼までに持って帰ってくるというものだ。

セドニーの言う”ここにある”は、おそらくウサギのぬいぐるみがこの村の中にあるということなのだろう。アズロはそう悟ってこの最終試験の終わりを意識した。

だが当の本人は少し違う思いを抱えているようだ。

「どうかしたか?」

何か最終試験とは違う事を考えている様な気がしてアズロは問いかけた。セドニーの気掛かりはなんだろう、それは単純に疑問に思っただけだ。

うん、どちらとも何とも言えない返事だけをしてセドニーは数歩進む。村の生活道路に踏み込む直前でまた足が止まり、震える息を吐いた。

「ここはね、私の故郷なの。」

そう言われてアズロは改めてこの村の景色を眺めた。セドニーの故郷、そう知ってから見るとまた違った感情を抱く。

「ここが…?」
「多分ね、多分なんだけど…私の家の方から…。」

そこまで口にすると斜めがけにしていたセドニーのカバンの中が光り、水晶が何かを訴えてきた。そういえばセドニーはこうも言っていた。アズロの背にしがみつきながらも時折カバンの中の水晶に問いかけて占いをしていたと。手を翳さずとも思うだけで見えてくるらしい。

「うん、やっぱりそうだ。ウサギのぬいぐるみは私の家にある。」