魔女のはつこい

「セドニー、どっちに向かえばいいのか教えてくれ。」
「え?…ええっ!?」

声をかけられて目を大きく開けると信じられない世界が飛び込んでくる。普段は見上げるばかりの建物がすべて眼下に広がっていたのだ。しかもかなり下に。

自分たちが宙に浮いていると認識した瞬間、右手首が痛むことも忘れて今まで以上に力を入れてアズロの首にしがみついた。

「え!?え!?」
「セドニー、痛い。首の肉を掴みすぎだ。」
「だって無理無理!高い…っ怖い!!」
「しっかり掴まっていれば大丈夫だ。魔女も空を飛べただろう?」
「怖くて習った後は練習してないの!」

絶対に離すまいとセドニーは全身を強張らせながらもアズロに掴まる。もうこれ以上目を開けることが出来なくて何も見えなくなった。しかし恐怖心を和らげようとしているのか口だけは忙しなく動いて無理だ嫌だと呪文のようにつぶやき続ける。

「…時間が無いんじゃないのか?」

やがて呪文のような弱音に聞き飽きたアズロが静かに問いかけた。アズロの言うとおりだ、恐怖のあまり頭から抜けていたが今は最終試験の真っ最中なのだ。

「…そ、そうよね。」
「大丈夫だ。俺は空に慣れている、しっかり掴まっていれば落ちることはない。」

首に手を回しているからか、腕に伝わる声の振動からもアズロの言葉が届いて不思議な感覚に包まれた。耳からとは違う、不思議な音。安心を呼ぶ音だ。

「…でも怖い。」
「そうだな、慣れるまでの辛抱だ。一人前の魔女になりたいんだろう?」
「うん、それはもう…すっごくなりたい。」
「これも試験の一つだと思えば挑めるだろう。」

優しく諭すような声は少し低く響いて。声が低くなると腕に伝わる振動がより深くなってセドニーをくすぐる不思議な感覚。

「いつか一緒に並んで空を飛べたらいいな。もちろん背に乗せてもいい。」
「…アズロは並んで飛んでみたい?」
「ああ。楽しそうだ。」

喉を鳴らして笑う振動が伝わってくる。そうか、楽しみなのか。そう思うだけでセドニーの心は不思議と恐怖から手を離し、アズロの方へ伸ばしていく。

「じゃあ…またホウキ頑張ってみようかな。」
「練習も付き合う。」
「ふふ、次はアズロが私の師匠だ。」

少しだけ恐怖心が和らいだセドニーはさっき占いで掴んだ感覚をもう一度呼び起こした。

向かうべき場所は、ここから東の方角だ。

「アズロ、東に向かって。私の指さす方へ。」

セドニーは勇気をもってアズロの首に回していた片腕を離し、アズロから見えるように彼の目の高さで腕を伸ばした。その先をアズロは目を凝らして目標に定める。

「分かった。行くぞ!」
「きゃあ!」

アズロの身体がしなり前方から強い風圧を感じた。上昇するときよりもそれは少しだけ緩く、それでも駆けている分止むことはない。思いのほか揺れるアズロの身体にセドニーは必死にしがみついた。

「う~~~~~っ!」
「目だけは開けておけ。」

アズロの声が聞こえてセドニーは必死に少しずつ目を開け始めた。どうやら見ていなくてもアズロには気配で目を閉じていることが分かったのだろう。すると視界に光の粒が現れ、驚いたセドニーは思わず目を大きく開けた。

「えっ!?風の精霊?」

アズロとセドニーの周りには小さな風の精霊が楽しそうに羽をはばたかせて飛んでいる。精霊たちの笑い声も耳に届いてセドニーは混乱してしまった。

どうしてここに精霊がいるのだと。

「空を飛ぶんだ、風の精霊の力を借りないと出来ないだろう。何も不思議な事じゃない。魔女の傍にはいつも力を貸してくれる精霊がいる。」

アズロの言葉に納得した、確かに魔女の仕事は全て精霊の力を借りないと出来ないものだ。ホウキの時もまずは風の精霊に挨拶をするところから始まる。

「アズロも精霊の力を借りるの?」
「ああ、多少な。でも自分の中にもその力はある。」

そうだったんだと納得するセドニーに風の精霊たちはクスクスと笑った。まるで当然だと言わんばかりに風の精霊たちは楽しそうに二人の周りをくるくると回りながら飛んでいる。