その日は念の為に仕事を休んだ方がいいというアズロの言葉を受け取らず、セドニーはいつも通りに魔法屋に向かった。
「痛み止めの薬も貰いたいし…師匠にも報告しないといけないと思うから。」
セドニーの言うことはもっともだ。あの後、部屋で仮眠をとったセドニーは目を覚ました時から右手首に痛みを感じていた。何より外に出た方が気が紛れる、その言葉にアズロは頷くしかなかった。
ラリマの部屋に行く前、セドニーは店にある痛み止めを塗り包帯を巻きなおす。その役目はアズロが買って出た。人の姿でないと出来ない為、魔女仲間に見つからないか冷や冷やしたが、二人の来た時間が早すぎたようで誰もその時間に顔を出すことは無かった。
準備を終えてラリマの部屋に向かう。アズロは黒猫の姿で同席すると申し出てきた。セドニーもその方がありがたかったので素直に頷いて二人でラリマの前に立つ。
「…そう…そんな事があったの…。」
昨日の出来事を話し終えてラリマが呟いた。彼女の視線の先には包袋が巻かれたセドニーの右手がある。なるべく目立たないように長袖を着てきたが、そう上手く隠せなかったようだ。
ラリマが指を弾いてセドニーの右手に手袋が付けられた。指先が出た、可愛らしいデザインのそれは今のセドニーの服にもよく似合う。
「ありがとうございます、師匠。」
「あなたが無事で良かったわ。…その傷も少ししたら癒えるでしょう、治療魔法が使える子に治してもらう?」
「…いいえ。驚かせてしまうと思うので。」
強く掴まれた指の痕がくっきりと残っている、これだと癒し手を驚かせてしまうだろう。そして通常の怪我じゃないことも知られて心配させてしまう。それはセドニーの望むものではなかった。
「そうね。…でも彼がいてくれて良かったわね、セドニー。」
「はい。アズロがいなかったら、私はきっとここにはいません。」
「…私もそう思うわ。ねえ、だからそんな顔をしないでちょうだい?」
ラリマの部屋に入って以来、アズロはずっと神妙な顔をしたままだ。それは無傷でセドニーを助けられなかった自分を悔いていることがよく伝わってくる。セドニーはアズロに対して感謝しかない、それは師であるラリマも同じなのだと伝えてもアズロは眉間のしわを無くすことは無かった。
「…こればかりは自身の問題かしら。」
きっとどんな言葉をかけられてもアズロは自分を許しはしない。アズロ自身が乗り越えなければいけない壁に他の人間が手を差し伸べることは無粋だった。
「それにしても…セドニーもちゃんと彼と向き合って前に進む事を決めたのね。」
「え?」
「とてもお似合いよ。」
ラリマは自身の右耳に人差し指をトントンと当てて暗に示す。それはセドニーの右耳にある飾りだと彼女には分かったようだ。
「…はい。アズロがくれたんです。」
そう答えてアズロを見れば、今迄神妙な顔をしていた彼も嬉しそうに目を細めた。二人の中には絆が生まれている、そう確信してラリマは頷いた。隣り合う二人の空気はこれまでとは違い優しかったのだ。
「彼の為にも見習いを卒業しないとね。」
「はい。」
ラリマの言葉にセドニーは迷うことなく答えた。それは自身の願いでもあると強く訴える為だ。ラリマはセドニーの思いを確かに受け取った。
「では、進めていいのね?」
「はい。お願いします。」
「分かったわ。では彼には退室してもらいましょう。ここからは魔女の修行の話です。」
その言葉にアズロは今から最終試験を行うのだとすぐに察知した。あんな事があったばかりなのに、信じられない思いでセドニーを伺っても彼女は笑みを浮かべたまま微笑むだけだ。大丈夫、口は動かずとも目がそう訴えている。
セドニーの身を心配するあまり納得できないと視線で返してもセドニーの意思は変わらなかった。折れたのはやはりアズロの方だ。
堪えきれない思いを抑えるように硬く目を閉じると小さく息を吐いて顔を上げた。そしてセドニーと視線を合わせ小さく頷く、セドニーも同じように頷いたのを確認するとアズロはセドニーを抱きしめた。
それは一瞬の出来事。アズロはするりと手を離すとそのまま部屋から出て扉を閉めた。
「大事にされてるわね、セドニー。」
「…はい。」
「その赤い顔が治まってからにしましょうか。」
「…はい。」
「親心としては複雑だわ…。」
「すみません…。」
決してやましい思いではなく、純粋にセドニーを心配したからこその行動だったが魔女二人には少し違うものに見えたようだ。セドニーの顔が真っ赤に染まったこともそうだが、ラリマが半目になっていることもそうだろう。
セドニーが平常心を取り戻すのに少し時間を要したことは言うまでもなかった。
「痛み止めの薬も貰いたいし…師匠にも報告しないといけないと思うから。」
セドニーの言うことはもっともだ。あの後、部屋で仮眠をとったセドニーは目を覚ました時から右手首に痛みを感じていた。何より外に出た方が気が紛れる、その言葉にアズロは頷くしかなかった。
ラリマの部屋に行く前、セドニーは店にある痛み止めを塗り包帯を巻きなおす。その役目はアズロが買って出た。人の姿でないと出来ない為、魔女仲間に見つからないか冷や冷やしたが、二人の来た時間が早すぎたようで誰もその時間に顔を出すことは無かった。
準備を終えてラリマの部屋に向かう。アズロは黒猫の姿で同席すると申し出てきた。セドニーもその方がありがたかったので素直に頷いて二人でラリマの前に立つ。
「…そう…そんな事があったの…。」
昨日の出来事を話し終えてラリマが呟いた。彼女の視線の先には包袋が巻かれたセドニーの右手がある。なるべく目立たないように長袖を着てきたが、そう上手く隠せなかったようだ。
ラリマが指を弾いてセドニーの右手に手袋が付けられた。指先が出た、可愛らしいデザインのそれは今のセドニーの服にもよく似合う。
「ありがとうございます、師匠。」
「あなたが無事で良かったわ。…その傷も少ししたら癒えるでしょう、治療魔法が使える子に治してもらう?」
「…いいえ。驚かせてしまうと思うので。」
強く掴まれた指の痕がくっきりと残っている、これだと癒し手を驚かせてしまうだろう。そして通常の怪我じゃないことも知られて心配させてしまう。それはセドニーの望むものではなかった。
「そうね。…でも彼がいてくれて良かったわね、セドニー。」
「はい。アズロがいなかったら、私はきっとここにはいません。」
「…私もそう思うわ。ねえ、だからそんな顔をしないでちょうだい?」
ラリマの部屋に入って以来、アズロはずっと神妙な顔をしたままだ。それは無傷でセドニーを助けられなかった自分を悔いていることがよく伝わってくる。セドニーはアズロに対して感謝しかない、それは師であるラリマも同じなのだと伝えてもアズロは眉間のしわを無くすことは無かった。
「…こればかりは自身の問題かしら。」
きっとどんな言葉をかけられてもアズロは自分を許しはしない。アズロ自身が乗り越えなければいけない壁に他の人間が手を差し伸べることは無粋だった。
「それにしても…セドニーもちゃんと彼と向き合って前に進む事を決めたのね。」
「え?」
「とてもお似合いよ。」
ラリマは自身の右耳に人差し指をトントンと当てて暗に示す。それはセドニーの右耳にある飾りだと彼女には分かったようだ。
「…はい。アズロがくれたんです。」
そう答えてアズロを見れば、今迄神妙な顔をしていた彼も嬉しそうに目を細めた。二人の中には絆が生まれている、そう確信してラリマは頷いた。隣り合う二人の空気はこれまでとは違い優しかったのだ。
「彼の為にも見習いを卒業しないとね。」
「はい。」
ラリマの言葉にセドニーは迷うことなく答えた。それは自身の願いでもあると強く訴える為だ。ラリマはセドニーの思いを確かに受け取った。
「では、進めていいのね?」
「はい。お願いします。」
「分かったわ。では彼には退室してもらいましょう。ここからは魔女の修行の話です。」
その言葉にアズロは今から最終試験を行うのだとすぐに察知した。あんな事があったばかりなのに、信じられない思いでセドニーを伺っても彼女は笑みを浮かべたまま微笑むだけだ。大丈夫、口は動かずとも目がそう訴えている。
セドニーの身を心配するあまり納得できないと視線で返してもセドニーの意思は変わらなかった。折れたのはやはりアズロの方だ。
堪えきれない思いを抑えるように硬く目を閉じると小さく息を吐いて顔を上げた。そしてセドニーと視線を合わせ小さく頷く、セドニーも同じように頷いたのを確認するとアズロはセドニーを抱きしめた。
それは一瞬の出来事。アズロはするりと手を離すとそのまま部屋から出て扉を閉めた。
「大事にされてるわね、セドニー。」
「…はい。」
「その赤い顔が治まってからにしましょうか。」
「…はい。」
「親心としては複雑だわ…。」
「すみません…。」
決してやましい思いではなく、純粋にセドニーを心配したからこその行動だったが魔女二人には少し違うものに見えたようだ。セドニーの顔が真っ赤に染まったこともそうだが、ラリマが半目になっていることもそうだろう。
セドニーが平常心を取り戻すのに少し時間を要したことは言うまでもなかった。


