小学五年生の話だ。


「おい、ハルト。今日遊べるか」


 お昼休み、クラスでも目立つ男子から誘われた。仮に彼をAとする。


「いいよ」


「よし。じゃあオレの家に来て。コックリさんやるから」


 コックリさんとは鳥居、五十音、数字、はい、いいえが書かれた紙と十円玉を使って狐の霊を呼び出す遊びだ。
 鳥居に置いた十円玉の上に参加者が人差し指を置いて、コックリさんを呼び出してから質問すると、十円玉が動いてなんでも答えてくれるのだ。


「え……いやぁ……」


「なんだ? ビビってるのか? 他にも誘うし大丈夫だよ」


 Aの言う通りビビっていたが、押し切られてしまい参加することになった。

 放課後、僕を含めた四人がAの部屋に集まる。僕たちが来るまでに、紙と十円玉は用意されていた。

 Aが口を開く。


「ところでなにを質問する?」


 彼は質問する内容を決めていなかったのだ。
 昨日、テレビでコックリさんの特集をしていて、なんとなく面白そうだと思ったから、みんなを集めただけだと教えてくれた。

 四人で質問の内容を話し合う。
 会議の結果、学年で一番足が速い男子が好きな女子の名前を聞くことに決まった。


「よし、始めるぞ」


 鳥居の上に置かれた十円玉に、Aが人差し指を置く。続けて他の三人が置く。
 だが、問題が発生してしまう。


「なんか、四人だとやりにくくない?」


 参加者の一人が言った。確かに四人で十円玉に指を乗せた状態はやりにくい。

 ジャンケンで負けた人が見学することにした。Aもジャンケンに参加しようとしたが、もちろん三人は許さない。ジャンケンに参加できず不満そうであったが、彼がコックリさんをやるのは確定事項だ。

 ジャンケンの結果、運が良いのか悪いのか僕が負けて見学することになった。

 Aが十円玉に指を置き、他の二人も続けて置く。その次の合図は、なぜか僕が出すことになっていた。


「せーの」


 三人の声が重なる。


「コックリさん、コックリさん、おいでください」


 十円玉が鳥居からゆっくりと動く。
 Aは嬉しそうだ。


「すげぇ! マジで動いた!」


 他の二人も大はしゃぎだ。僕は少し怖かったが、周りの空気に合わせた。

 Aが言う。


「あなたはコックリさんですか?」


 その言葉に答えるように、先程とは比べ物にならないスピードで十円玉は動いた。


『いいえ』


 場の空気が凍りついた。一体、なにを呼んでしまったのか。

 Aは焦りながら言う。


「お、おい。誰か勝手に動かしたんじゃねぇの?」


「違うよ。そんなことしてない」


「俺だってしてない」


 三人とも勝手に動かしていないと言っている。

 これは危ないことが起きていると思い僕は言った。


「もうやめようよ。絶対にヤバいって。すぐに指を離して」


 僕の提案にAは首を横に振る。


「ダメだ。コックリさんは帰ってもらう前に指を離したら呪われるんだよ」

 
 指を乗せている他の二人が声を荒げた。


「ふざけんなよ! どうすんだよ!」


「もう終わらせたいよ……こわいよ……」

 
 一人は泣き出してしまった。冷静な判断が出来るのは無事な僕しかいない。


「それなら帰ってもらうようにお願いしようよ」


 僕の言葉を聞いて、三人は喚くように言った。


「コックリさん、コックリさん、お帰りください」


 十円玉は全く動かない。

「コックリさん、コックリさん、おかえりください。コックリさん、コックリさん、おかえりください……」


 そうだ。これはそもそもコックリさんではないのだ。みんなに言わなくてはいけない。


「いいえって言っているんだから、まず名前を聞いた方が良いかも」


 今にも泣き出しそうなAが返事をする。


「わかった」


「俺は嫌だぞ! おまえ一人で聞け!」


 指を乗せているうちの一人が怯えながらAに怒鳴った。もう一人は泣いていて話せる状態ではない。
 結局、Aが一人でやることになった。


「あなたは誰なんですか?」


 十円玉が素早く動く。


『か ず こ』


 どうやら、「かずこ」と言う存在が十円玉を動かしているようだ。
 Aが弱々しく口を開く。


「……かずこさん、かずこさん、おかえッ」
 

 その時だ。

 Aが悲鳴を上げる。さらに、指を十円玉から離した。

 僕たち三人は唖然として声も出せない。それでも、参加していない僕はまだ余裕があったので頑張って声を出した。


「どうした?」


「痛いよ……痛いよ……指が……」


 Aの人差し指を見せてもらうと、火傷のような水膨れができていた。
 十円玉に指を乗せて泣いていた友達が叫ぶ。


「もう無理だよ!」


 そのまま指を離して、足速にAの部屋から出て行ってしまった。釣られて僕ももう一人もこの場から逃げる。


 次の日、僕たち三人は逃げ出したことを学校でAに謝りに行った。すると右人差し指の先端に絆創膏を巻いていたAは言った。


「許してやるから、この話は二度とするな」


 その後、Aは命を落としたというようなことはなく、今も生きている。途中で指を離した二人も呪われることなく無事だ。

 読者を心配させないために言っておくと、A達とは今でも時々連絡を取っている。
 だが、未だにあの時の話はできない。
 もう昔の話だからそろそろ話しても大丈夫かもしれない。