何が何だか分からないまま、言われるがまま訪れた先生の家。
久し振りに先生の奥さん(楓ちゃん/家庭科教師)にも会う。
彼女は私のクラスの家庭科を担当していたし、生徒会顧問だったので割と仲が良い。
楓ちゃんと結婚したことは噂で聞いてたけど、目の前で見るまで実感が湧かなかった。
アタシって、結構イヤなやつかしら・・・。
「ねぇ、楓ちゃん。あたし、何で呼ばれたのか分からないんだけど・・・」
「私が言うのは反則だと思うの。だから、もう少し待ってあげて」
5ヶ月前に生まれたという爽くんにミルクをあげながら、優しい眼差しで楓ちゃんは言う。


「待たせたな」
リビングに入ってきた日向先生の手には、一通の封書らしきモノが握られていた。
「呼び寄せて悪かったな。これを椎野に渡したかったんだよ」
差し出された水色の封書には―――椎野麻衣様―――と、私の名前が書いてある。
「・・・・手紙、ですか?」
「そうだ。本当は、椎野が卒業する時に渡すつもりだったんだが・・・悪い」
「差出人というか、書いた人の名前が分からないんですけど・・・」
手渡された封書には、宛名である私の名前しか書かれていない。後ろを見ても、書いた人の名前が無い。
「片瀬先生を覚えてるよな?」
先生の口から思いがけない名前が出てきて、私は驚いた。
「片瀬先生?もちろん、覚えてますけど・・・」
「それ、片瀬先生が教師を辞める時に預かった手紙だ」
「・・・・・・・・へっ?」
ごめんなさい。アタシ、今、完全に思考が止まってます。えっと、えっと。
それって、10年前にアタシ宛に書いたってことだよね?
「いいから、読め。話はその後だ」
「・・・うん」
片瀬先生の字、こんなだったんだ・・・。
10年という月日が過ぎた為か、大好きだった人の字さえも忘れている自分がなんだか憎たらしい。