エレベーターに乗り込んで、5階のボタンを押す日向先生。
車を降りてから、私たちに会話はない。むしろ、私に会話が出来るほどの余力がない。
あんな話を聞いて、正直なところどうして良いのか分からない。
どんな言葉を紡ぎ出せば良いのか・・・。

―――――チ~ン

エレベーターが目的階に到着したことを無機質な電子音が告げた。
病院独特の消毒液の匂いが鼻につく。
「あら?稔くん?」
稔とは、日向先生のファーストネーム。
私たちが向かう方向から歩いてくる少し年配の女性が発したようだ。
「あぁ、おばさん。こんにちわ」
「お見舞いに来てくれたの?」
「えぇ」
「そちらのお嬢さんは?」
「健治がお見合いを断ってた理由と言えば、分かりますか?」
お見合いを断ってた理由?何それ・・・。
「そう、この方だったの。健治が喜ぶわね。来てくださって、ありがとう」
にっこりと微笑まれて、更には頭まで下げられた。
「え・・・、あ、いや・・・。こちらこそ、急にすみません」
「きっとビックリするわよ。あ、稔くん。私、ちょっと家に帰ってくるから、戻ってくるまで居てもらえるかしら?」
いたずら笑いを浮かべた女性は、そう言い残してそのままエレベーターに向かって歩いていった。
「今の方は・・・、もしかして?」
「健治の母親だ」
予想通りの答えに、私の思考が少しだけ固まる。
「あ、あたし・・・。ちゃんとご挨拶出来なかった・・・」
「大丈夫だ。あの人は結構あっさりした性格の持ち主だから。それに、椎野は健治の彼女でも何でもないだろ」
いや、そういう問題ではないと思うんだけど・・・。確かにアタシは彼女でも何でもない。
でも、好きな人の母親であることは間違いない。
「この部屋だ」
その言葉が何を意味するのか、瞬時に読み取れた。この病室513号室に、片瀬先生が居る。
ふと、病室前に付けられた入院患者の氏名を示すプレートを見ると、1人分のプレートしか無い。
ということは。個室?