「疲れましたけど、それ以上に楽しかったです」
「そっか、よかったね」
そう言うと相川くんはじっくり時間をかけてギャラリーを1周した。
「これ欲しいかも。先約ある?」
カフェのスタッフが閉店作業を始めた頃、相川くんが1枚の絵の前に立って腕を組む。
それは、白い額縁の中に這うモノクロのアイビーの絵。
植物が好きでよく題材にするから自分でもお気に入りではあった。
だけどまさか、本当にお買い上げしてもらえるとは思わなくて。
「……本当ですか?」
「玄関に飾る絵が欲しくてさ、ちょうど良かった」
「あの、値段……見ました?」
「うん、いいよ。金ならあるから」
しどろもどろに質問責めしたけれど、何も問題ないといった様子で答えられた。
3号サイズの絵画で、額縁代含めて3万5千円。
ぼったくりのような価格ではないけれど、大学生の買い物にしては少しお高いのでは?
「相川くんって、何者なんです?」
「おしえなーい」
教えてくれないと分かって試しに聞いてみた。
答えは不明で、だけど謎だらけで魅力的だってことは十分伝わった。
……この人のこと、もっと知りたい。
そう思った時、なんとなくもう手遅れだと察した。
だって、相川くんがとんでもない人たらしだってことは付き合いの浅い私でも分かりますから。