ノート


と言えればいいのに、俺は、呼吸が止まってしまわないようにするのが精一杯だ。
部員の一人が、思い出したように「あ、祭って言えば、カンベの小説で、屋台に行くシーンが」と、話始める。
やめろ。あいつの小説の話なんかするな、あれは俺のトラウマなんだ。

「――あのこと。みんなに、言っちゃうよ」

カンベこと河辺が、ぽんと肩を叩いてにやりと笑った。「父親が養育費を払いたくないからって、実の子どもを手にかけようとするんだよ」

「あの辺り、リアルだよね」
 誰かが、そんな話を始める。

俺はそうでしょうねとも言えず、つらいことがあってももうあのノートに吐き出すことも敵わないということが頭の中を支配した。

もう、辛いとか、悲しいとか、口にしたらいけないんだな。
全部があいつによるフィクションに捉えられて、俺が何を話したって、狂言にしかならないだろう。


俺を見て、河辺がにやにやと笑う。

「きみのことを、誰よりわかっていたいんだ」

全然わかっていないということだけが、よくわかる。

「スリルがあっていいよな? あの小説、芸能人にも人気でさー。コメントもらっちゃったりして」

と、河辺は芸能人の名前をいくつかあげた。俺のトラウマは、こうして歪んでいく。

「あの嗄倉羅子も、気に入っているんだ。おかげ様で」
「嗄倉羅子さんに、つらい思いをさせたくない。だからお前も黙っていてくれよな」

俺は、頭がぼーっとした。俺の記憶ってなんだっけ。
十数年間ってなんだっけ誰かにフィクション扱いされて搾取されるべきものだったっけ。

先生、俺は、誰だ?

ふらつく足取りで、どうにか、なっちゃんの方に向かう。
 心がただでさえ空っぽで常にフラッシュバックが付いて回り夜中も目が覚めるような状態。

さらにそれを脅しに使われ、沢山の人があいつの『作品』を期待するからには俺の心など安く、芸能人のイメージにさえ関わる。