後頭部を、ガン、と殴られた。
じんじんと血が溢れてきて頭がとにかく痛い。
割れるとは思わないがとにかく痛い。
振り向けなくて頭を押さえてうずくまると知らない男がぞろぞろ来た。
そこで本屋が呼んだのは警察じゃないのかと気がついた。
だけど頭を殴られるくらい誰だってされている。泣くのも間違いだろう。
「うっわ、写真で見たとおりじゃん!」
誰かの声。
誰か助けを呼ばないのかと思ったが、店員がちょうど本が沢山入った段ボールを運ぶ荷台を動かして隠した。
「ごほん、ごほん……」
わざとらしく咳払いして俺と目を合わせたがる。咳払いする人が嫌いな俺は気持ち悪いと思った。
「マイ、やっちまわないのか?」
声が聞こえる。あぁ中卒の不良グループか。
確かに居たな。
そう思ううちに意識が閉じていた。
目が覚めたとき聞いたのは「お前のせいで、俺は高校入ってからいじめられた!」だった。
そしてあたりは……
倉庫だろうか?
見慣れた店名の箱が。
あ。書店の裏側か。ここは、マイの店らしい。
「助けなかった!」
「……?」
こいつと違う高校なのに、何を言うんだろう。
「お前が制服姿で歩いてるたびにむかついてたよ。中卒をナメんな」
マイのネックは中卒らしく、それに異様に劣等感を抱えて周りも異様に威嚇していた。
芸能人とかに、結構居るだろうにと思うのだが中卒を口にされると顔を真っ赤にするのだ。
俺にはよくわからない。そうやって騒ぐからナメられるんだろう。
他のメンバーの顔は、よく知らない。
いや、一人居た。
マイ、の横に隠れている鵜潮だ。
「こんなことしてないで、勉強しろよ、な?
また自己嫌悪して鬱になるだろ?」
マイとやらと、付き人Aがぞろぞろ向かってきた。縛られちゃいないが、複数だから分が悪い。
「お前に中卒の気持ちがわかるか」
わからない。
そんな台詞吐くくらいならいじめられようが通うくらいすりゃいいだろうに。勝手に転んで妬む。
同情の余地はなかった。こうしてる間も真面目に生きるやつなんか沢山いる。
ばかじゃないの?
と言おうとした、なのに声がまた出なくなっていた。びっくりしているらしい。
「えりなたちがここにつれてきたのは、マイの作品盗作したから」
付き人Aが腰に手を当てて言った。
俺にとってはただの感情発散のための散文で、自分の書き物を『作品』として呼ぶことはこれまであまりなかった。
なんか異次元の話だ。
首を横に振るが、友人たちは揃って「こんな内容はマイにしか描けないよ」とか言う。
「バイトだってしてる、暇な高校生と違って……」
なるほど、それが妬みか。
「まじ、履歴書はどう書いてるん?」
隣に居たやつが俺の言いたいことを代弁してくれた。
「学歴コンプレックスを拗らせてる人に当たるとめんどくさいから高卒で通してるんだよ! わりといい案だろ?」
こじらせてんのお前じゃね?
「マイの作品は、もうすぐデビューするんだから、邪魔されたら困る」
心当たりでもなきゃ邪魔もなにもないと思う。大体、俺が書いてるものなんかお前らに話した覚えがないんだが。
アカウントも本名じゃないのに。
なんで俺と結びつけて待ち伏せることが出来た?
「邪魔してはいないけれど、それどんな話?」
こんな内容、は、彼らが語るあらすじの限りは一見趣味が似ていると思われそうな話だった。
ただ、ある意味個性的だろうとは思うがお洒落な作品扱いは、なんだか違うような気がする。
枝折さんのような『砂かけ』例を思い出す。
彼もその手のタイプに見えた。
理解が追い付かない。マイと間違われていた?会いもしない、話もしないやつと。
マイは俺を睨み付けた。
誰かが告げ口するか、マイがストーカーしていなければ成り立たない。ただ、それができそうな人たちなら、最近心当たりがある。
もしかしたら……
それに俺は、純粋に自分の性癖や好みを込めているだけであって盗作などと自分を否定されるのと同じだ。
いろいろな経験があったこと、腕を切ってみたらなんだか綺麗だったこと、だけど周りはそうは思わないだろうことを、改めて起こしたら、それも盗作だなんてことがあるだろうか?
頭が真っ白になる。
自分を同時に複製品にされたのと変わらない。
痛みを同時に、誰かの体感みたいに利用されたのと変わらない。
カンベと同じ。
俺が売り出さなくたって、誰かが俺を晒す。
そして、そのせいで、ファンが訪ねてきたり、口止めであちこち付きまとわれて、今みたいに。
デビューってことは、売り出すってことだ。
俺は鏡の中から出られない。漫画やアニメやドラマになれば、さらに俺はまたもう一人の自分に聞かれる。
おまえはだれだって視界が暴力になって、囁かれ続ける。
自己が保てない。
俺は誰だ?
これも架空の世界で、ドラマの一部なのかもしれない。
「アカウントは?」
と聞きたかった。
そう、聞けばいいんだ。やめてもらえるように、会社宛に頼もう。
だけど、声が出てこなかった。
またあんなことになるなんて認識したくない。
固まって動けない俺と、取り囲んでにやける複数人。
そういえば鵜潮が……なんだっけ、なにか。
頭がぼーっとする。
「何してるんだ!」
ずきずきする頭を押さえていたら、誰かが叫ぶ声がした。
慌てたように彼らはドアから出ていく。遠くでパトカーの音がしていた。
だけど、どうせうまく逃げただろう。なれてる不良が易々と捕まりはしない。
「……」
場が静かになり恐る恐る外に出る。
「すずしろ……」
道の真ん中。
歩道に見知った姿が立っていた。
えっと。
むかし、なんて呼んだっけ。
なにが現実だっけ。
ふわふわしてよくわからない。
「すずしろ」
「久しぶり」
彼は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「すずしろ……」
「ん? 大丈夫だったか?」
なぜ此処が?
なぜ此処に?
言葉が、出ない。
「ああ、そうか、ショックで言葉が……」
制服を着ているすずしろ、は一人何か納得しながら俺に近づいた。
「鵜潮たち、わけわかんないことしてるみたいだな。信じられないよ」
なにか、言わなければと思った。なんだっただろう。
「俺、ごめ、ん」
「なに?」
「とりもど、さなきゃって、思った……取り戻さなきゃ、ね、ぜんぶ心が、蛙に、飛んでなくなっていっちゃう、捕まえて池に戻さなきゃって、俺、きえちゃうと、思った」
「うん」
「その蛙も俺のなにか、だからそれは俺でもあって、だから、俺も、なくなるって」
道を歩く。
とりとめのない話をした。
意味のない話をした。
明日死ぬのか、明後日死ぬのか。
たいして変わらない気がした。
「俺もごめん。助けなきゃとかなんとか、空回りしてばっかで……」
彼もまた謝ったからびっくりした。
「別に、何も、求めてない」
そのままでいい。
何かしたところで、しなかったところで、どちらも似たようなものだと思うから。
彼は真剣な目をしていた。
「お前はいつも、なんてことなさそうにしてるから、たまには、頼って欲しい」
そんなことない。とは、言わなかった。
「体温計ってさ、見たら熱あがるよな」
俺が言えたのはそんな言葉。
彼にくっつきながら歩いた。
その日は、あんまり人は外出して居なかった。そのまま、近所だからと彼の部屋に行く。
ポケットの携帯が震えたので取り出すと綺羅からのメールだった。
アンチを中心に綺羅にあることを聞いてもらった。
その限り他にも『被害者』が居るようだ。
「結構前からあちこちで被害に合う人が居るみたいだよ。
バレたらわりと急に打ちきりになるとか、休載するんだけど大きな作家さんだとなかなかそうも行かない感じ」
「そういう人って、どうしてるんだろ」
「どうもできないから反対派に流れたんじゃない?」
しばらくやりとりをした。確かにあんなものを相手にするなんて個人に負担がかかりすぎる。
「すずしろ」
少しぼんやりした頭で、その腕を掴む。
「なんで、来たの」
「なんとなく。なんちゃって。綺羅ちゃんが鵜潮たちが溜まり場にしてる書店とか、教えてくれたよ。あの子物知りだな」
「うん……」
綺羅は、顔が広いらしいから。俺もよく知らないけど。
言葉がうまく出てこなくてうつ向いていた。
「お前のことだから、何も言いたくないだろ」
言いたくない。
信頼してるかとか、そんなんじゃない。
話しても楽にならない。 傍聴者によるセカンドレイプを知っているから。
カウンセリングによって、逆に事実を知る人に対する恐怖が生まれる事故もある。
「す、き」
嫌いだからじゃない。
「すき……」
言葉にして、聞いて、また自分に恐怖して、また他人に恐怖しての繰り返しが嫌なんだ。
「……すき」
すずしろ、は、うわごとのように繰り返す俺に、小さく涙を流して、呟いていた。
「俺、バカだった、ごめん」
家に着いて部屋に通されたあとも俺はふらふらと記憶をたどっていた。こうなると景色なんかよく見えない。
鵜潮と居たのは、マイ、えりな、それから……
「俺が来たとき、堂名字 捺音が走るのが見えた。あいつ、優等生面してたのにな」
どうみょうじ……
「お金持ちっぽい名前」
すずしろは、クスクスと笑った。
「知り合い?」
「あー……ちょっとな」
ぼやかされてなんとなく不満だった。
けれど、言いたくないこともあるだろうと言葉を飲み込む。
つんつんと頬をつつかれた。
「そんなわかりやすくむくれてないで。聞いてもいいんだぞ?」
「むくれてませんー」
分かりやすくない。
わからないくせに。
不良グループの知り合い?
それとも学校が同じ?
気になったりなんか。
「お前分かりやすいときと分かりにくいときがあるからややこしい」
すずしろ、は困ったように呟いた。
部屋で、二人きり。
座ったまま。
すずしろは俺があまり距離を詰めないで座ることに何も言わない。
チクタクと、時計の針が回っている。
「……、……」
チクタク、チクタク。
腕を切って、血を流して、どろどろになって、わけがわからないことを、叫び散らして、狂ったように泣きわめく自分をイメージする。
静かな時間。
頭のなかでは俺は暴れまわっている。
生きていけない!
生きていられない!!
死にたい!
死にたい!
想像力が身に付いてよかったと思うのはこんなとき。
悪かったと思うのも、こんなとき。
頭の中で暴れれば、大抵は収まってしまう。
頭の中までは、誰も止めに来ない。はずだった。
けれど最近は違う。
《やかましい三人》と呼ぶ男たちが常に後ろについてくる感じがある。
誰かは知らない。
うるさくって嫌いなタイプ。
面影はどこか、中卒のグレたやつらに似ていた。
「なぁ、マイ、いいのか?」
頭の中で声が聞こえる。マイは端末を手にしたまま、小さく息を吐き出した。
『これ』が無くなったら本当にただの中卒。
何が残るだろう?
どんな嘘を重ねるよりも中卒無職という惨めさは勝る。
無力感から逃げたくて、コピペに手を出して書いた作品は、いつの間にか閲覧数を着々と増やしていた。
こんなのプロだって誰だってやっている。
結果を手にしたやつが勝ちなのだから、文句を言われる筋合いはない。
なのに。
なのに、なぜこんなに苛立つんだろう。
一番の得策は関わらず何も気にしないことだってわかっている。
わかっていても、目の前に『居る』事実からは目を逸らせない。
結局自分は、何にもなれてないと痛感する。
元になったひとつが、あの書店に居た彼だった。俺のファンが書き方がカンベに似てるとかいうんでカンベに聞いたらアカが違うとかいう。
えりなや上池たちにも言われて、デビューを気にするとこもあり人を雇って探させた。
まさかマジにつれてくるなんて思ってもなかったけど……
「上池春文」
暗い空き教室の中。
携帯からアドレスを読み上げてマイは考える。
堂名字は、逃げるときしくったみたいだが、あまり見えてなかったっぽいから……まだ使えるんかな。
「春るん、もしもしー」
スピーカーを耳に当てて、マイは何か語り出した。
「チッ。かけてんのに、なかなか出ないとか、アリ?」
まあ仕方ない。春文は学校じゃ地味キャラ。
俺の関係で大暴れしてるなんて誰にも言えないし言ったとしても誰も理解しないだろう。
不登校ぼっちだから、相手もそうならどれだけ救われたことかね。
まあ、いるだけありがたいか。
「……わっ。不審者いる」
忍び込んでたら知らない女子が、すれ違う。
「いこ、つきまといか盗撮だよ」
盗撮って盗撮すると思われた?
失礼!!ぷんぷん!!
いや、もしかして、もしかしてだけど、他人の警戒心を認めない俺、めっちゃ性格悪いんじゃない?
「ほんと、人目を盗んで侵入して、お前が一番性格悪い」
横から声がした。
「今からでもさっきは性格悪いとか思ってしまってごめんなさい。俺が悪いです!って言ってこい」
「え、やめてー。俺、他校で有名人になっちゃうー」
上池春文が、もっさいめがねを外さないまま、俺をじろりと睨んだ。
「なんだよ! 昨日の件徴集かけてんだけど……」
「黙れ盗撮犯」
「盗撮とかしないからー。自過剰やめてー」
「胸に手を当てて振り返れ。
お前が自過剰じゃね?」
「ん? 3歩歩いたら忘れたー」
「チキン野郎が!」
そのチキンが好きなのはどこのどいつだよ……
マイは胸の動悸を抑えながら春文を睨み付ける。
「帰れば? ……ほんと」
めがねの奥が赤くなっている。
「なんだ、きちんと俺を意識して避けてたんだ」
マイたちのアカウントや成り済ましをどうすればいいのか、俺にはまだ答えが出せないでいた。
最近は、雨が多い。
声は、出るときと出ないときがあった。
なれている人とは話すけど、ふと知らない人がその場に居ると、口が動いているだけになった。
あの襲撃から数日経って、俺は目の前にキラキラしたものを見るようになっていた。
部屋に閉じ籠り、少し掃除をしてたら壁に、雪みたいに降ってくるものが見え出したのだ。
「こわ……い、しにたくない、まだしにたく、な」
遺書くらい書きたい。
遺書だけは書きたかった。
死にたいのに、死にたくないなんて言った。
最後の願掛けも無駄だった。
なんで何をしても盗られるんだろう。
これじゃあ、無理矢理でも出ていかなきゃ、ずっと――
視虹症、光視症というものがある。
光がないのに、目の前に光がたくさんみえる。
硝子体が網膜に付着している部分に網膜が引っ張られる。
字にするとなんだか怖い。網膜剥離の危険があるので眼底検査というのをした方がいいらしいと、本には載っていた。
めまいがして頭がぼーっとするときの幻みたいなのが、空間に漂っている。
きれいだなと眺めていたらそれは、ふっと消えていた。
浅い息を繰り返す。
まだ生きてる。
ばさばさと荷物をひっくり返しながら、部屋にしゃがんで膝を抱えた。目だけとは限らない。
ストレスや、心因性、認知のゆがみかもしれない。
だけど魔法でもかかったみたいに景色がかわってく。
現実を、忘れてしまう。
昔からときどきはあったけど、年に二回とかたいしたことはなかった。なのに今は間隔が短くなっていた。
昔読んだ本にもそんな人が居た。
事故に合ってから光がきらきらしてるのが見えるようになったという。 計測は曖昧なもの。
本当に見ることが可能なのかも、見えたらどうなるのかも確かめる術はない。
「怖い……」
自分が、引っ掻き回されて世界が根底から壊されていくみたいだ。
昔、周りに話したら、精神科につれて行かれた。脳の検査も特になにも出なかった。
ノートも描くのが嫌になった。
研究所や病院なんかには期待してない。
もしも精神的なものだったならこの間隔が狭まらないようにするには、ストレスをためない以外ないだろうか?
これを話したら、作家がまた俺を使う……
「っ……!」
パニックになって、涙がぼろぼろと溢れてきた。
怖い。
こわい、こわい、こわい。
病気も嫌だ。
異質にもなりたくない。なにか検査されたくはない。
どちらも認めたくない。
匿名でも相談したり吐き出せば作家が喜ぶだけだ。
誰も、俺が苦しんでいるとは言ってくれない。
苦しんでいて闘っているとは、言ってもらえない。
カンベやマイは、喜んでいた。俺の孤独を作り物だって言ってた。
胸に手をあてる。
心臓は生きてる。
まだ景色は見える。
いつまで?
わからないけど、まだ俺は生きてる。
闘ってる。ずっと。
涙をぬぐっても、また溢れてくる。
外は、雨が降っていた。
しばらくぼんやり座り込んだままマイのことを考えた。
例え中卒でも、いじめられていても『こんな孤独』にはならない。
いじめられるやつも、中卒もたくさんいて、珍しくない。
マイは何に固執してるんだ?
カンベだって、枝折って人だってそう。
俺よりもずっとマシな気がした。
人間と認められる人間なんだから。
俺はどうしたらいいんだ自己表現も、苦痛も、なにもかも売り物にして砂をかけられて。
どれかひとつでもマシだったら、もう少しうまくやっていけた。
悪口ならいくらでも聞ける。
ただ、何も、俺を乗っとることはない。
何も、わざわざ呼び出すことはない。
何も、家についてきて部屋の写真をばらまくことはない。
何も、わざわざ「リアリティ」だの「みんな喜ばない」とか余計な一言で砂をかけて反論する必要があるだろうか?
俺の中での常識が、彼らには何一つ、見当たらない。
これが『誰も悪くない』ならこの国はおしまいだな……
灰色の、空。
雨が降っている。
少しだけドアを開けて庭先にだけ出てみた。
いまのとこ光は飛んでない。だけど、どんな感じかは覚えてる。
雪が降り、次に縦、横、と格子状に、光がうねってから広がって消えた。あれは、血管か何かを光が辿っていた形なんだろうか……
知識がなくてわからない。
――雨が降っている。
この静かな景色が好きだ。
傘をさして、パラパラと音が跳ねるのをただ、見ていた。
その音を聞いていれば何かが洗い流されるようなそんな気がした。
何度考えてもカンベたちが自分の足で、自力でやっていれば起こらなかった事故なのだ。
自信を持ち自覚を持っていれば、わざわざ俺を狙わないで済む。
Q.気に入らない人が居たら自宅まで押し掛けて殺す気で妨害しますか?
と聞いて全国民が賛成するわけがない。
もしするとしたら不良か、やくざってやつなんだろう。
ただぼーっと、雨に打たれていた。
懸命に生きたいと願うほどに、真逆に奪われていく。
心も記憶も、頑張ろうとするほど全部無くなっていく。
「世界が真っ暗になっても、死ぬわけじゃない」
頭のなかで声。
の声がした気がする。
「悪化したって、もしかしたら、少し物が見えなくなるだけ」
……そんなこと、わかってる。
「俺は、ずっと居るよ」
きっと彼は言う。
そんな言葉。
それに、今は頻繁じゃないじゃないか。軽度なんだ。病院に行ってもそう何かが見つかりそうな気がしない。
突き返されたら、また診てもらいには行きづらいし、何よりも、カンベが病院に手を回してるかも。マイとかも待ち伏せてるかもしれない。
身の危険を思うと、もはやまともにどこかに出掛けることが出来ない。そんな諸々の理由があり行きたくなかった。
だから確実にやばい、と思うまでは誰にも言わないことにした。
ただ、ノートを奪われて、自分の存在も奪われて、全部ネタだって扱われて、俺は架空の中にさえも存在を許されなくなって、
それで見えなくなるとか。
そう考えたら、いくつ失えばいいんだと思って、泣いてしまった。
「いまのうちに絵、描いとこうかな……」
色があることの幸せを、知っている。
なにかが変わっていくのだろうか。
たとえ持つものを全部失ったとして、
俺が救われることはないのかもしれない。