3.ハーフアップ 



あれから数週間。

私は、性格を変える代わりに毎日少しずつ髪型を変えている。

今まで特にヘアアレンジに興味は無かったのに。少しでも自分に自信持ちたくて。

昨日とは違う自分になりたくて。



“自分のために”やっている。

高橋君の気を惹きたいっていうのも、まあ、多少は?ある。



「それって、恋でしょ。」

「えーやっぱそうかなあー?!」

「告白とかしないのー?」

「んーまだ早いよ!!」




ギクッ

私のことかと思って、飲んでいたお茶をこぼしそうになった。

後ろの席で三人組の女子たちが休み時間に恋バナをしてるようだ。



私には恋バナをする友達なんて唯ぐらいしかいないなぁ。

唯と違うクラスといういくことが本当に心細い。
そのせいで私はボッチを極めてる。

高橋君は佐藤くん恋バナとかすろのかな…。



トントン
「へ…??」
後ろから私の肩を誰かがつつく。


「あのー羽柴さん。消しゴムとってもらってもいいかな?ごめんねー」

なんだそういうことか。

足元を見ると取りづらいところに消しゴムが転がっている。

人から話しかけられる(特に女子)ことが少ないせいで、なぜだかドキドキしてしまう。

私に用があるのかと少し期待してしまった。恥ずかしい。

「はい。」

私は拾い上げた消しゴムをその子に手渡す。もちろん営業スマイルで。

「ありがとー!」

なんか、他にもっと喋ってみたい。

何話してたのーとか。

変わりたい、から。

「あ…。」

やばい、何も出てこない。
慣れないことするもんじゃないよね。



「ってか、ちひろちゃんっていっつも本読んでるよね?何読んでるの??」

三人のうちの一人の子が私に話を振ってくれた。気を遣ってくれたのだとしたら有り難い。


「えっと、、」


あれ、このタイトルだけ言っても白けたりしないかな?だってこれ有名な本とかじゃないし。この場合なんて答えるのが正解だろう。

あーん。もう、無理だ。また、お固くて無愛想なやつだと思われる!!

「見せてー!」

な、なんて積極的なの!この子!!すごい助かる!

名前なんだっけ…藤沢千夏ちゃん?だっけ??

「へぇー。これ、もしかして恋愛物?!」

「あ、うん。そう。そうなの、!」

「え、羽柴さんって恋愛小説とか読むんだ、意外~!」
「恋バナとか好きだったりする?」
「え、ちひろちゃんの恋愛事情とか気になるんだけど!」
「私も!」
「好きな人とかいるの??」
「もはや、彼氏とかいるかもしれないやん!」
「あ、そっか、そういう可能性もあるか…。」


「ああ、えっと。」


女子のマシンガントークはすごい。次から次に話が進んでいく。

3対1のこの構図は私にとってハードルの高いものでしか無いが…
頑張るしかない。

季節は6月。新しいクラスでそろそろ誰かが友達が欲しい。

頑張れ、私!!



「恋バナとかしないし、好きな人とかも分からないかな。」



あ……。



「あーそうだよね!小説とリアルは違うもんね!」
「つまんないのー。」
「やっぱクールだなあ。」



やっちゃった…。なんで、なんで話の広がりの欠片もない返答しかできないの、私!!

いや、だって、これが恋だとか断言できないし。

恋とかしたこと無いし。

もう!何が正解?!






キーンコーンカーンコーン

そして5時間目の予鈴がなる。

私にとって断絶の鐘。
せっかくの空間が、場面が、機械的に絶対的に切り離される。


今日も私は一人だ。
高橋君はやっぱり友達が多い。



「あーそういえば、今日から掃除場所変わりまーす!先生勝手に振り分けといたからよろしく!!」

6時間目が終わって。掃除の時間。

今日から掃除場所が変わるらしい。

私はどこだろう。誰かと二人きりの掃除場所は気まずい。

あ、でも高橋君となら。

いいかも。想像してにやける。
私。キモいな。




「ちひろちゃん。よろしくね!!」

「え、あ、うん…!」

そう言って私に声を掛けてきたのは“藤沢千夏”ちゃんだった。

掃除場所のプリントを見ると。

地学室の欄に羽柴ちひろと藤沢千夏の二人の名前があった。




「よろしくね」

もう一度私は言い直した。

今度は営業スマイルで。





二人で掃除場所まで向かうが、案外遠い。

何も話さないでいるのはなんだか気まずい。

気まずい、とは思っても話のネタがない。
本当になんなんだ私。

そう考えると高橋君が私に話しかけてくれたのってすごいことなんだなと、あの日を思い出す。

私を看病してくれた日以来、まともに話せていない。




「あの、さ。ちひろちゃんって、どうして毎日髪型変えてるの?大変じゃないの??」

話しかけてくれた…。名前を呼ばれるとドキッとしてしまう。

「なんていうか。変わりたくて。」

「か、変わりたい?」

しまった。なんか変わりたいとか、まだそんなに親密でもない人に話す話?そんな私に興味ないよね…?

また、やらかした。



「いや、なんでもない!よ?」

「私、ちひろちゃんと仲良くなりたいって前から思ってたの!」

な、なに言ってるのこの子。

「ちひろちゃんってなんでもできるでしょ?だから、人間っぽい部分が見えないと気がすまないっていうか。」
「えっと?」
「ってか、ほんとは恋、してるでしょ!」


こんな子、だったけ??私追い詰められてる?


返答に困っていたらとうとう地学室についてしまった。


完全なる二人きり。
腹を括るしかない。



「恋、なのかなぁ…。」

「え、ちひろちゃん顔赤いよ?」

「気になっちゃう人がいて。その人が羨ましいし。ずっと考えちゃうし…。」

「かわいいっておもってもらいたいから髪型毎日変えてるの??」

「う、うん。」

「なにそれ。」


あれ、もしかしてまたやらかした?引かれた?さすがにおかしいよね…変だよね…。



「ちひろちゃん、かわいすぎ!!」

なんでこの子テンション上がってるの??

まあ、引かれてないならいっか。

「そういの純愛って感じできゅんきゅんしちゃうよ~!」

「あ、愛?!」

「ちひろちゃん、高橋君のこと好きなんでしょ?」

「な、なんでそれを?」

「ばればれだよ~分かりやすすぎるもん!」

「な、なんで高橋君だって分かる…思うの?!」

「え、だって高橋くんの前だと全然違うし、高橋くんのことずーっと見てるし~」

「やめて、それ以上言わないで~!」

「あ、ごめんごめん。かわいくてつい。」

「藤沢さんっていじわるなの?」

「ち、な、つ!千夏でいいよ。これからも色々聞かせてね~」

「ちなつ…。」



なんか今、ちょっと仲良くなれちゃった感じ?

嬉しいなあ。これも高橋君のおかげかも…。

いやいや!え…ってことは


「千夏、これって恋なの?」

「え。絶対そうだよー!」

「恋、ってどうしたらいいの…??私、初めてだから分かんなくて。」

「ほう~」


千夏はまるで新しいおもちゃでも見つけたかのようにそろりそろりと私に近づく


「私が色々教えてあげる!」
「は、はい!」



結局その日は二人きりの掃除場所にも関わらず二人とも碌に掃除もせずに教室に戻った。


放課後、今日は部活がない。

週に一日部活がない日がある。それが今日という訳だ。

特に予定もなくクラスの違う唯と帰ろうとしていたが、一緒に帰れないというLINEが来ていた。

一人で帰るか、と思い立ち上がると



「ちひろちゃん。今から2人でどっか行かない?」

千夏が声を掛けてきた。

「え…。」

「もしかして予定あった??」

「ううん。ないけど。」

「ドーナツでも食べよ!」

「うん、行く…!」



いつも3人で行動しているのに、なぜ私を誘ってくれたのだろう。

他の2人に悪いな、と思いながらも誘われたのが嬉しすぎて即答してしまった。


「ちひろちゃん。いい?恋愛についてちゃんと勉強したほうがいいよ!」

ただ甘いものを食べる会、だと思っていたが。まさかの恋愛指南会だった。

「勉強。例えば?」

「やっぱ。男女の価値観って違うから本当に気をつけな。」

「千夏って何者なの?すんごい恋愛のバックボーンを感じるんだけど。」

「えへへ。まあ、それはおいおい話すよー!」

「謎だなあ…。」

「謎なのはちひろちゃんの方だよ!」

「あーまあ、そうだよね」

「もっと普通にしたら良いのに。話してみたら女の子すぎてびっくりしちゃったよ
!」

「なんか。口下手だからかな、上手く話せなくて。」

「嫌われてるのかなあ、って少し不安だったんだよ?」

「それはごめん。」

「多分、不器用なだけなんだと思うよ。だからそんな謝らないで!」

「千夏ってすごい良い子だね。」

「え~そうかな笑ちひろちゃんに言われると照れる。」



恋してると、こうやって新しい友だちもできるのか。と私は驚いている。


恋してる。なんて自分で言ってしまっている。


そう、私はこの気持を恋だと認めたんだ。




「付き合いたいな~とか思わないの?」

「付き合う…思わないかな。想像つかないし。話せるだけでいいや。」

「まあ。最初はそんなもんだよね。」

本当にどんな経験をしてきたのだろうかこの子は。

「とにかく、本とか読んで恋愛について勉強してみたら?」

「本、かあ。してみようかな。」

「うんうん。まあ、なんかあったらなんでも私に話して!人の恋バナ聞くの大好きなの、私。」

「好きそう~」

「もっと素直になってみたらいいと思うよ?」
「へ?」
「あ、そうだLINE交換してなかったよね?交換しよー!!」



藤沢千夏。

一日でこんなにも仲良くなれるなんて。

予想外過ぎて、夢なのかと疑わしくなってしまう。

でもきっと、夢のようだと比喩してる時点で紛れもない現実なんだ。


ハーフアップで私よりも少し身長が小さい、明るくて可愛らしい女の子。




私の今日の髪型もハーフアップなことに気づく。




千夏と別れた後に私は本屋に向かった。我ながら律儀だなーと思う。



この勢いで明日こそは高橋君と話そう。



私から声をかけよう。



と、意気込んで私は眠りについた。