2. ポニーテール


昨日からこの高揚感はずっと続いている。

自分の体温が0.1度上がったみたいな感覚…。

何かしたい、そういう気分だ。

可愛くなりたいような、よく分からないから髪型を変えてみよう、そう思った。



「行ってきまーす!」



中学に入ってポニーテールにしたのは初めてかもしれない。

校門を抜け、
ポニーテールが揺れるのと同時に心も弾む。


「ど、どうしたの⁈」


誰か私の肩に触れる。この声は唯だ。



「ちひろがポニテなんて珍しくない?」

「なんか、イメチェンみたいな笑」

「いいじゃんー似合ってるよ♪」

「あ、ありがと」


それより高橋君はこの髪型をみてどう思うだろうか、変わった私に気づいてくれたらいいな…なんて、おこがましい、か。


教室に入ると高橋君はもう着いていた。

いつもと同じように佐藤君と仲良く喋っている。



「おっ…おはよう…」
勇気を振り絞り声をかける。



「あ、羽柴さん。おはよう」


(きゅん)


あ、あれ?体温、というか顔の熱が一気に上がった気がする。

やばい、どうしよう。



「あれ?羽柴さん髪型変わった?ポニテだよね⁇」

声をかけられた!と思った矢先、高橋君の声じゃないと分かる。


「佐藤…よく気づくな。」

「まぁね〜」

「全然分かんなかった」



なんだろうこの残念な感じ。

「そ、そうなの。今日はポニテなんだー」

「似合ってると思う!」

「ありがとう」

「佐藤しつこいぞ。」

「(小声)奏太君、どうしたの⁇」

なぜか佐藤君がニヤニヤしてる。どうしたんだろう。



2人と別れて席に着く。

高橋君に気づいてもらえなかった…

「はぁ…」

大きなため息をつく、私どんだけ情緒不安定なんだよ。



昨日からなぜだか高橋君のことばかり考えてしまう。

匂いは記憶に残りやすいとどこかで聞いたことがある。

きっと、そのせいだ。

貸してくれたハンカチのいい匂いのせいだ。

あ…ハンカチ返さなきゃ。

よし、高橋君が一人になったらタイミングを見計らって話しかけよう!



と、、意気込んだはいいものの。

全然一人にならないじゃん!!!

男子ってこんなに団体行動するものなの??

常に誰かと一緒にいて、とてもじゃないけど話しかけられない。

ってか、案外女子とも仲よさげに喋るんだ。ちょっとショックかも。


高橋君って人気者なんだな。

比べてみたら私がいかに一人でいる時間が多いか思い知らされる。

私もあんな風になれたらいいのに。



なんて、そんなの無理だよね。


そんなことをうじゃうじゃ考えてるうちに五時間目の予鈴がなった。


まだハンカチは私の手元にある。


結局、午後の授業は全く集中できず放課後になった。



さよならの号令とともに、クラスのみんなは次々に教室からでていく。

部活前のこの時間がラストチャンスかもしれない。

高橋君の一挙一動を目で追う。



また佐藤くんと一緒だ、なんだか羨ましい。

「じゃあ、僕部活いくわー。」
「ほーい」



そういえば、二人は何部なんだろう。

今まで他人に興味がなさずぎて、情報を全く持ち合わせていないことに今更後悔する。



「ってか奏太も途中まで一緒に行こうぜ」

うそ、高橋君帰っちゃう…!!

「あーわりぃ。俺職員室寄ってから部活行くから。」
「おー分かった。じゃあな!」
「じゃあなー」



やっと、高橋君が一人になった。

教室を見回す。



誰もいない。



ってことは、二人っきり?!

な、なんか急に恥ずかしくなってきた。意識せざるを得ない。



もう一度高橋君の方に目をやる。


「あっ…」

目が合ってしまった。思わず声が出る。



「ふっ」
高橋君が軽く笑う。

「え…?」

私なんかおかしなことした?顔になんかついてる??てか、顔赤くなってないかな……!


高橋君と目が合うだけで一気に頭は混乱状態に陥る。




「いや、羽柴さん帰りの用意遅いんだなあーって思ってさ。」

「それは、その…!」

高橋君に指摘されて初めて自分の机の上にリュックにしまわれる予定の教科書たちが積み上がっていることに気づく。



だって、高橋君のこと見てたらそれどころじゃなかったんだもん。

なんて言い訳言えるはずない。私はその言葉をぐっと飲み込んで、高橋君に近づく。



ハンカチを返す、だけなのに、告白前かのような緊張が走る。

私こんなキャラだったけ??




「高橋君!これ、ハンカチ…」

「あー昨日の!」

「ありがとうね。とっても、助かった。」

やっと、言えた!その喜びと安堵感で思わず笑みが溢れる。

「あっ、わざわざありがとね。あーその、その後具合はどう?大丈夫??」

「大丈夫!おかげさまで…。」



沈黙。

あーなんで何も話せないのー!せっかくのチャンスなのに。

つくづく自分が嫌になる。

高橋君、何考えてるんだろう。


数秒がとても長く感じられる。時間って不思議だ。


あー高橋君の髪きれいだな。黒髪ストレート。サラサラで羨ましい。


背低いとは思ってたけど、私のほうが高いんだ…。



「高橋君って、なんかかわいい…。」

「え…?か、かわいい??」

しまった……!!

「ごめん、つい!その、本音が漏れちゃったっていうか!」

どうしよう高橋君が混乱してる!!

「ごめん、可愛いとか失礼だよね!!ほんと、忘れてっ!」

「え、、あーうん。」



あーーもう、どうしよう。。

すんっごい気まずくなっちゃったじゃん!!

何やってんの私!!



「えっと、その、ね?」
「ごめん、俺そろそろ行かなきゃ。それじゃ!」


高橋君は足早に去っていってしまった。



「うわああああああ!やらかしたあああああ!」

自分の失態に放課後一人教室でうなだれる。



「もっと、私にコミュ力があれば…。」

もっと自分に自身を持てたなら。もっと気さくに高橋君と話せるのかな。



高橋君迷惑そうだったな…。

私の話を遮って帰ってしまったのは普通にショックだった。


なんだか虚しい。

もっと話したい、って思ってるのは私だけなのかな。




周りからクールビューティーなんて言われて、外見とか外面ばっかり誇張されて。

本当はそんなんでもなくて。


「変わりたいよ…。」



「じゃあ、なりたいようになればいいじゃん。」

この声は…?

「唯?!なんでここに??」

「え、一緒に部活行こうよ。ってか、いつも来てるじゃん!!」

「そうなんだけどさー。そういうことじゃなくて…。うーん。」

「は?どういうこと?」

「さっきの聞いてた?」

「なんか変わりたい、とか言ってたよ??急にどうした?」

「いや、そのさ。人と話したいのに、全然うまく話せなくて。そんな自分が嫌なの。」

「あー。なるほどね。でもまぁ、なんとかなるとは思うけどなぁ。ちひろなら」
「そうかな…。」



「うわっ、時間やばいよ!楽器の準備しないとじゃんか!!」
「あ、すっかり忘れてた!」



私達は急いで教室を飛び出した。