(回想録)
<font size="5">30.限定される偽物</font>


 二回目にかかってきた電話では、人を追い出した。理由はいろいろあったけれど、一番の理由は、まだ、この時点では、悟られたくなかったから、なのかもしれない。


『……ケイガっていうと、──ああ、やっぱり、死んでるわよ。思い違いじゃない』

なにかと知っている彼女は、まつりが知りたかったことに、すぐに答えを出した。何を調べていたのかはわからないが、ページをめくるような音が、電話越しからも聞こえる。


「だよね、ビビった。あれ、幽霊じゃないよね?」


『あら。あなた、幽霊にビビったりするような人だったかしら! 初耳よ!』


「はぁ、うるさい……ちょっと、驚いただけ」


『まあ、いいけど……じゃあその子、知っててやってるんじゃないの? あなたが覚えてないって』

 彼女は、いつからか、まつりがどういう立ち居ちで、どういう症状を持つのか、概ね知っている。
……教えたつもりはないのだが。

 自分が頭で考えられるのは、自分が知り得て、覚えて、実感できる範囲でしかない。だから、それが足りないときには、人に頼ることもある。

──今のまつりは《数年前の自分》だったら、とても、出来なかったことをするようになった。


 昔なら、悲しくても、困っていても、特に表に出さなかった。必要ないと、思っていた。『甘えるな』と自分に言い聞かせるだけで、疲れも、空腹も、ほとんど殺して、働くことができていたからだ。


──でも、常にそれでは、だめなのだ。痛みや、疲れを、ちゃんと、《自覚》出来るようにならなければ。それが、どんな意味を持ったとしても。あの頃より随分《欠けてしまったもの》が、皮肉にも、まつりにそれを教えてくれた。


「んー……そうなのかな──ちょっと泣きそう」


『……元気出しなさい。
──それよりも、夏々都くんは、大丈夫?』


 突然、切り込んで来られて、少し怯む。相変わらず、鋭い。だが、なるべく平然と返す。


「さあ? たぶん……なんとかなるよ。いつ、いかなるときでも、現実を直視しない能力に長けてるし」

適当なことを並べていると、電話口の相手は深くため息をついた。呆れている。

『あのね……そういう嘘を真顔で言ってるから──』

 そこそこ長い付き合いである彼女からの話はいつも途中から説教じみて来る。言いたいことは、わかる。何度も聞いた。

 『いつも誤解されちゃうのよ』とか、聞きたくないのになんで聞かせるんだろう……過大評価をもらったところで、そもそもとても釣り合わないし、面倒だ。自分のようなものに不用意に近付く人が出ないのなら、好都合じゃないか。

そもそも説教じみてしまうのはだいたい自分のせいなのだが、案外打たれ弱いまつりは、苦笑しながら茶化した。


「……つまんないやつだなあ。自分じゃ、そんなにバレないと思うんだけど……」


『私の場合はね、職業柄、嘘を付くときの人間の見分け方が身に付いてるの』


「あはははは! かなわないよ、本当」


『……それも嘘』

「──愛してるよ」


『はあ!?』


スピーカーで拾う限界くらいの高い音で、彼女が声を上げたので、思わず耳から受話器を外す。


「……うるさいな、なに驚いてんだよ。これこそ明らかに嘘に決まってるだろー。見分けろよー」


『……わ、わかってたわよ……咄嗟に反応出来』


 まつりは聞かない。自分で言っておきながら、そんなに真に受けないで欲しかったのにと思って、少し後悔する。

彼女には、本気で何も思っていなかった。ただ、反応を試しただけ。彼女が自分を見分けられると言うのが、少し、悔しかったから。
──とにかく、知りたかったことは聞けた。それ以外は、いらない。興味もないので一方的に、話を終わらせる。

「──たぶん、予想通りなんだと思うよ。《あの子》のことも、なんとか、してみるから……心配しないで。じゃ」