椅子こん!




それから……告白を異様に恐れているみたいだった。
コリゴリの方を見ていたようだったが、周りに人が居ることと告白を使うことになにか関係があるのだろうか?
(もしかするとこいつは誰かが周りに居るとうまく力が出せない?)
 けれど、危ないような。
スライムのときも私とスライムが居るだけだったし……

私が椅子さんを構える。
椅子さんが紙を構える。
 睨み合っていたスキダは一旦私たちを追いかけるのをやめたかと思えば突然叫び声をあげた。同時に、テレビや電子レンジ、ラジオが急に作動する。

「なにこれ、電磁波攻撃……!?」

 なにもない空間を暖める電子レンジはすぐに停止し、また回り始める。

「───スキダを、温めています、────スキダを、温めています、───スキダを、温めています、────スキダを、温めています、───スキダを、温めています、────スキダを、温めています、───スキダを、温めています、────スキダを、温めています、───スキダを、温めています、────スキダを、温めています」

 奥の部屋ではテレビのチャンネルが勝手についたかと思えば切り替わり、ラブストーリーを大音量で流す。

「いやあああ!!! ラブストーリーなんて!!なんで聞かなくちゃならないの!?」

 私は耳を両手で覆って踞る。
ラブストーリーは嫌いだった。後ろに何かが居るんじゃないか、ドアを叩かれるのでは、怖くて震えてしまう。
 テレビの画面から、ずるずると登場人物とは関係のない、ピエロのようなものが這い出てきたかと思えば「好きでーす! 好きでーす!」と言い始めたので、卒倒しそうになった。
 紙から出てくるくらいだ。好きがある場所から這い出てきたって、不思議ではない。
ないけれど……


 テーブルをちらりと見る。コリゴリはテーブルの下で固まっている。
(どうしよう、部屋が囲まれた……)
 まだ彼は奥の部屋のテレビに気が付いていないみたいだった。
……?いや、また、気を失って
るのか。

 叫び続ける一番大きなスキダに椅子さんが燃やした紙が飛んで行く。しかし電磁波がバリアのようになっているのか今度は無惨にも叩き落とされた。
「そんな───」
 ずし、ずし、と重たい音と共にスキダはにじりよってくる。
それがだんだん近付いてくる程に恐怖が増していく。

「他人を好きになって、何がそんなに面白いのよ……」

 背後でラブストーリーが盛り上がりを迎える。

「他人を取り込んで、自分を壊していく。それで、みんな悪魔になっていくんだ!!!!」

 ラブストーリーが盛り上がりを迎えるほど私の怒りが増幅されていく。
 スライムも私を取り込もうとした。
もはや理性はなくてとにかく私を倒すような勢いで、一体化しようとしていた。
あれが恋。
あれが、恋愛の姿。
 スライムは恋で怪物に変わってしまった。私がスキダを与えてしまった。スライムが感情を間違えてしまった。
殺した。
感情なんか、なかったらいいのに。

みんなが感情なんか持たなかったら、みんな楽しく暮らせるのに。


感情なんかなかったら、互いを殺さなくていいのに。

スキダなんて生まれなかったのに。



 電子レンジが停止し蓋が勝手に開くと同時に熱くなった小さな塊が、とろけながら此方に跳んでくる。
「きゃあ!」
 あわててしゃがむが、私には当たらずにそれは大きなスキダの元に貼り付いた。
それが何なのかを考える前に私は気付く。スライムのときは、近くにスライムが居た。
けれどこれには居ない。

「まさか──紙と電磁波を通してスキダが存在できるの?」

 テレビや電話を本体の代わりにするなんて在るのだろうか。
けれど電化製品を壊すわけにもいかない。
 生活に必要だし、それをしたら町まで買いにいかなきゃならない。私は悪魔だ。
今、悪魔が買い物に行ったら、どんな噂をされているかわからない。

「私ね、どんな嫌がらせもあってきた、でもみんな私を心から嫌ってたから耐えられた!!
スキダは最悪よ!人を好きだなんて一番最低な嫌がらせ!」

 スキダは先程よりも何か心なしか尖った姿になっていた。
目の下に、口が生まれ、そこから冷たい息を吐く。
 近くにあった新聞や本棚が凍りつく。
そしてスキダは目をキッとつり上げ「ツメタ!!!」と叫んだ。怒っているらしい。
部屋が急に冷却された気がする。
あっという間に2、3度くらい体感温度が下がっていた。

「ツメタイ! ツメターイ!!!!」

「こっちは、さむ、い……!」

椅子さんを振り下ろそうとした。──が、寒さでうまくからだが動かせない。
「さ、さ、寒い……」
恐怖と寒さで半ば錯乱する。
 ──感情なんてなかったら。
そう思うと、ますますそう願わずには居られないような気がした。感情がなかったら。
感情が、なかったらいいのに。

「あなたの持ち主のところに……帰りなさいよ……
勿体ないでしょう!! 他人を好きになる才能を、こんなところで無駄遣いして!!」

 木にしか見えないくせに、どんな素材なのか椅子さんはなぜか凍らない。触手を動かして、スキダに伸ばしている。

「椅子、さん?」

 そのままスキダが椅子さんと見詰めあった途端にスキダは、イヤだイヤだと抵抗して少し冷気を下げる。

──ガタッ! ガタッ!!!

 椅子さんはなんだか怒っているようだった。
叫んでいるなんて初めてみた。
 しかしスキダはすぐに我に返り、再び電磁波のようなものを流し、雄叫びを上げた。

───イヤダアアアアアアアアアア!!!!


私は椅子さんごと転がる。
「これじゃ……近付けないよ……!」

「ツメタイイイイイイイ!! イヤダアアアアアアアアアア!!! イヤダアアアアアアアアアア!!!!」

どたばたと壁にぶつかり、物が倒れてくる。部屋がまた荒れた。
 だんだん疲弊してきている。スライムのこと、それから今からのこと。考えたいことがたくさんあった。無慈悲なキムを見ていたら、本当は感情なんか無いんじゃないかって、たまに思ってしまう。無かったら、もしかしたら怪物にならないかもしれない。なんて。
(どうして、他人を好きな才能を他の、世の中のためとかに使えないのかな……すかれたい人は、たくさん居るんだよ?)

「ごめんね、大丈夫?」

 強風と、落ちる雑貨の盾になった椅子さんを気遣って声をかけながら起き上がる。

──大丈夫だよ。

椅子さんがふっと笑ったときに
急にスキダの攻撃が止んだ。