「キムの手が役に立ったな」
手のひらに乗せられたスキダは淡く水色に輝いていた。
しかしそれが彼を攻撃することはない。
キムの手があれば、他人のスキダは彼にとって無害化したクリスタルに過ぎないのだ。
寒いコンクリートの地面の上、彼女の方は横たわったままで娘のことを考えてみていた。考えてはみたけど、なにか、大事ななにかが欠けてしまった気がする。
起きるかもしれない発作に対する不安も急に、スッと収まったのと同時に、何かを無くした気がした。とりあえずは、ただ、帰らなくてはということだけを思って、入り口の方に目線をやる。
そこに居る男は得意そうにキムの手を見せびらかして言った。
「あんたは死にゃしないよ。俺の前では、な。今は機嫌が良いから教えてやるが娘は生きている」
彼女はわずかにホッとした表情を浮かべた。それさえわかれば、特に気になることがないような気すらした。
「しかし、あんたが目を付けられたハクナや恋愛総合化学会ってのは、気に入らない主張を見れば昔から相当やり込めているらしい。
あんたは『恋愛強制化を目指す町で強制反対を謳った』
これは見方を変えれば今の市長や政治家にバックアップもしていた恋愛総合化学会には、邪魔な存在──つまり、戻ったところでどのみち追い回され同じような目に合うだろうな」
「そんな……!」
「次は殺されるかもしれない、次は娘にも……そうやっていけば、あんたのせいだ、あのとき死んでてくれたらと思うようになるだろう。
おっと、もうバラしてしまったから、より監視がきつくなるか……大変だ。
戻らなきゃ良かったなんて思うかもしれないぞ」
「帰す気など、ないのでしょう?」
「──さぁ、俺は此処に来ただけの野次馬。奴らに帰す気があるのかはわからないが……そこで提案だ。
俺は普段嫁ビジネスをしている。
恋愛強制化で需用が急増した、嫁を販売する仕事だ」
にやり、と彼の白い歯が覗く。
「ここで無惨に蹂躙されて殺されるのより、マシだろ?」
「────」
スキダを奪われた彼女には、嫁ビジネスが特に酷いものには感じられなかった。それに、どうせ旦那にあっても発作が起きるだけだ。娘は……どうなるかわからない。けれども自分が居ても、更にどうなるかわからない。まさか、恋愛総合化団体に目をつけられていたなんて話、近所に知られるわけにはいかない気がする。
「──し、にた、くは、ないです……」
「それなら握手だ。ここから出してやる」
彼女はぼんやりした頭で伸ばされた彼のキムの手に掴まった。
・・・・・・・・・・・・・・
「青い子の嫁ぎ先が決まりました!
お迎えありがとうございますっ
名前はサファイア!」
「やばいなー。分けられていないから、まず取ってきて扱う品物を把握するのが大変だ」
城の庭で、人だかりに混じって、挙動不審な男が辺りをキョロキョロして、そんなことを言っていた。角刈りに、黒い学生服のような服を着ている。
「んー、『闇商人オンリーのやかた』だとそれ前提で見れるのですけどな~」
どうやら彼は盗人で、しかし城の広さであまりにもわからな過ぎて、何の作品なのかほぼ見分けがついていないらしい。
「あいつは、盗賊だ。
初めて盗んだのは『水色の金属』と言われる珍しい鉱石だと自慢していたのを聞いたことがある。キムの手という道具を使う」
近くにいた蛙が、びよん、びよん、と跳ねて俺の肩にのっかってきた。
「え? ああ、詳しいな、蛙」
この世界の蛙は喋る。なぜか知らない。
俺や特別なやつにだけ聞こえるらしい。
「まあな! 蛙は井戸のなかに関しては物知りなんだ」
蛙は得意そうだ。
きれいな敷石のタイルの上を歩きながら、その先に連なる階段を遠目にみている姿はどこか人間のようでもあった
「ピンクと紫のバイカラーサファイアがほしいのですけど、なかなかこれだーっていう子に出会えないな……」
「パパラチア様のチャレンジに敗れたソーティング付きのピンクサファイアちゃんとかにもすごく可愛い子が居たりするので侮れないですね」
「ピンクスピネルもかわいいのだけど、私オーバルカットにあまりときめかないという特性があるので、できれば他の形の子がいい」
蛙が肩にのっかってきたまま、なんとか人だかりをかきわけ、階段を恐る恐る降りていくと、次々に飛び込んでくるのは婚カツ情報だ。
「この前、ミッドナイトブルーサファイアをお迎えできることになった王太子が居たな」
みんな、婚約者のことを宝石で呼んでいるみたいだ。強制恋愛条例が招いたまず1つがこの、恋愛オークションではなく立場のあるものから順に、品定めした嫁をもらうという儀式。
またの名を──品評会、嫁ビジネスとも言われている。



