「どうして」
椅子さんに引きずられながら、私は地面を睨む。苛立ちを堪えきれなくてぎゅっと手を握りしめる。椅子さんと私はしばらくして、家の裏側に着地した。
地面に足が届くと同時に、悲しみもとめどなく溢れた。
「どうして! 私を生きさせてくれないの! 観察されないでちょっとの時間過ごして見たかっただけなのに」
──火のなかに居てもそれは出来ないよ。間違ったら……
やっと話してくれた。
安堵と、やはり腹立たしい気持ちが同時に沸き起こる。どうしても聞いておきたい気がしたから私は椅子さんの言葉を無視して続けた。
「悪魔が死ぬとか生きるとかどうでも良いじゃない! もともと望まれない子だし、社会も望まなかった、誰も困らないし、それに──それに」
改めて何か言おうにも、やはりどういう気持ちなのか、自分でもよくわからない。けれど黙ることはしたくなかった。
「炭や、灰になったら空気になって、物になって、きっともっと近い形で椅子さんのそばにいられる」
───きみは愛されているんだよ。
人間の形でも。
「あんな紙ばかり見ても、何もわからないわ……とおくから、こそこそ、こそこそ、
愛されるって、とても辛いのね。
愛されるって、詰め寄られて、会話が通じない!」
椅子さんは体から触手を伸ばして私の頬に触れた。
──椅子だって、此処に居るよ。
此処に居るのは人間だけではない。
人間以外も、生きてこの世界に居るよ。
それに。
がた、と直立している私の足にもたれ掛かり、椅子さんは言う。
──私は、木だった。
森に根付き、大地にそびえていた。
椅子という物となり、人間の元に来たのは私の方だ。
それは死であり、命の始まりだった。
「木……そうだ、椅子さんは、空から来たのよね? 神様が椅子にして大地に投げたの?」
────。
ガタッ。椅子さんの木の感触が足元に絡み付く。触手が伸びて身体を包んだ。
「…………」
────人間が憎いなら。
「うん……?」
────物でいいじゃない。
どうして椅子の前で、人間の話をする。嫌いな人間の話をしたって、そいつらは君を悪魔としか思わないじゃないの。
「椅子さん……」
──椅子さんは、椅子の話がしたい……
「椅子さん!!」
しゃがみこみ、椅子さんにしがみつく。
「私──どうして自分が悪魔なのかわからない。だけど物心ついたときから、ずっと悪魔だった……!
椅子さんが、木だったこともそこから生まれ変わったことも覚えてて羨ましい。私も木なら良かったのに」
──うん。
「椅子さんが、椅子さんなの、すごく……うれしい」
──そう。
少し照れた椅子さんが私を撫でる。身体は傷だらけ、服は汚れていたけれど、穏やかな時間だった。
「──私はなぜ、あれに好かれているの? こんなに迫害される悪魔を好きな人なんて、ろくな人間じゃないに決まってる」
あのスキダは、私が悪魔と言われたときからずっと私を見ている。
改めて直視して外に出た途端、それが急に現実味を帯びて実感してしまった。
それに、スライムのこともある。私は他人のスキダを、冷酷に殺せるのだ。
戦う。殺す。
恋愛に与えられた使命。
恋は戦争。
椅子さんにしがみついていると、なんだか人間とは違って、心が安らぐようだった。
──きっと悪魔として私を育て、何も知らないまま悪魔として見守り、最後にあのスキダで悪魔として私を取り込む気なんだ……その為の、愛情なんだ。
両親が物心がついたときから何も言わないで放置しているのは、悪魔として冷酷な心を育てる為に。そう思っていた。
だけど、それならスキダを差し向けて殺しにかかる必要はない。冷酷な心には毒にしかならない。
ぬくもりは毒にしかならない。
「せめて、告白、は無いよ。
理由など無いはずだよ。
どうしてスキダなの……
何年も、悪魔として育てて……スキダなんか要らないの、わかるじゃない……
──執念の塊、怪物としての概念的存在を他人に差し向けているようにしか見えないのは、私が悪魔だから?」
────私は。
椅子さんが言う。
──あの日の嵐で飛んできた。
だけどずっと、椅子と話せる存在を待っていた。
それが悪魔なのか何なのかはどうでも良い。
ただ、この今の瞬間が椅子と、君が話す運命なんだよ。



