「あ……薬」
必死に促されるままに慌てて外に出た女の子は、道の途中で気付いた。薬……薬がない。
恋愛性ショックの発作をおさえる為のものだ。この病気はママもある日いきなり発症して持っており、遺伝的な病気だった。
熱心に強制恋愛反対を 訴えたママがそれだけでハクナに目をつけられたことは不幸でならないが、反対を続けて来たことは間違ってはいないと思っている。
こういう病気や、理由がある人をろくに知りもせずに、
平等な恋愛などというおしつけがましい卑劣な政策を行ったのだから。
「なにが幸せだ、バーカ! じごくにおちろ」
幸せになりたい、なんて所詮はどこまでも自己中でしかないのだ。誰かを認めれば誰かは省かれる。善人みたいな口調で、偉そうに平等なんか語る恋愛至上主義者の身勝手な薄っぺらさには辟易する。
後ろを振り返ると、まだ心臓がバクバクと鳴った。
……おねえちゃんは無事なのだろうか。
理由はわからないが、スライムを殺したって、言っていた。
あの禍禍しい執念の怪物と戦ったのだ。
傷付いた姿を思い出すとなぜか涙が溢れてくる。
何もかも、恋愛至上主義者が、勝手に好きな相手同士を結ばせよう、それ以外は迫害させようとしてきたせいだ。
恋愛のせいで、めちゃくちゃだ。
「偉いかーー!!!」
怒りと悲しみで震える声で、私は誰にともなく叫んだ。
「他人を好きになって、偉くなったかーー!!! そんなに、誰かを好きな自分が好きかーーっ!!!」
手にしたミニカーはもとのサイズに戻っており、彼女の手のひらにすっぽりと収まる。
感触を確かめながら、ゆっくり呼吸する。さすがに……さっきのスキダの攻撃のせいで、また頭がふらふらしてきた。
瓦礫の下から出てきたときに巻いてもらった包帯が剥がれかけているのを押さえつけ、倒れないように踏みとどまる。
(……私のスキダは、まだ不完全で、長く使おうとすると疲れてしまう)
──花畑や野菜畑を抜け、ビルの影になった道に向かって下っていく。
あのときはあまり周りを見れていなかったけれどあの家は薄暗い要塞みたいだ。社会から閉じ込められ、隠されているみたい。
どうして、悪魔だから?
ずっと、悪魔は、ああやって暮らすの?
「おぉ、居たか」
──目の前に、観察さんが立っていた。
「かん、さつさん……」
いや、確か……
「あ、アサヒ、さん」
「……まぁ、アサヒでいいよ。あいつは……」
「家の中で怪物が現れて悪魔だから平気だって、言って……」
「なに!? あぁ……たぶん、俺が、あの部屋に来たから……」
ゴニョゴニョ言っているアサヒの頬を引っ張る。
「とにかく、あの怪物は、私には、倒せなかった……行ってもたぶん足でまといだ。アサヒは、戦ったことある?」
.
「ない……あの中に、まだ居るのか?」
「うん」
「さっきのあのコリゴリって人が、俺を無視して家の中に入っていったんだ。証拠隠滅だとか言って……家ごと消した方が早そうなのに、どこかから指示が出たらしい。
耳についてる受信機みたいなので何か聞いた直後からなんだか雰囲気が変わっていた」
────どうしよう、二人は戦うだろうか。
顔を見合せて焦っていたそのときだった。
中から、彼女の叫ぶ声が聞こえる。
「いやっ! 私、あのなかに行くの! あのなかは! あのなかはきっと、盗撮されないの───────!!燃えてる場所ならきっと………私が人間に────」
悪魔が願う、唯一の救いがあるかもしれない場所がその火の中だということが、あの異常な世界をよく表していた。
盗撮や、沢山の迫害行為、市民たちの目の前での嫌がらせ。すべてから、生きられるのが火の中なのかもしれない。
ドタバタと揉める音がして、ドアが開く。
やがて、椅子さんが彼女を引っ張ったまま飛んで出てきた。
「椅子さんって、とべるんだ」
呟いている横でアサヒは少し戸惑ったようすで二人を見つめている。コリゴリ、というのは出てこないが……どうかしたのだろうか。
と、アサヒに言おうとしたとき、頭のなかがふわふわして、体から力が抜けてくる。
あぁ────ちょっと、疲れた。
(10/17AM2:15)



